長い間 ありがとう ございました
先週のコラムで競馬ブック新年号(12月27日発売)の新春騎手対談に登場するふたりを紹介したが、取材を申し込んだ段階ではどちらも今年のG1レースを勝っていなかった。対談の2日前に福永祐一騎手が阪神JFに勝利したのは想定内だったが、翌週にはミルコ・デムーロ騎手がグランプリボスで朝日杯FSを制覇。最高の結果が出たことで企画者として必要以上にはしゃいで相手の迷惑も考えず祝福メール(関係者を通して)を送った。幾つになってもこの嬉しがりのキャラクターは変わりようがないのが困ったもの。それに対して「他の騎手に迷惑をかけたので手放しでは喜べませんが、まずはホッとしています」との返事が届いた。対談では場の空気を読み慎重なコメントを繰り返しながら合い間に上手に箸を使って嫌いな胡瓜だけ巧みに抜き出して巻き寿司を口に運ぶ。そんな様子からは優しい人柄が垣間見られた。しかし、いざレースになると内目の馬込みを巧みに捌いて4コーナーで外に出す冷静かつ思い切りのいい騎乗。ゴール前での大胆なガッツポーズは勝利の歓びだけでなくミルコ自身が秘める熱さ、激しさを体現していた。
競馬をしていると時が経つのが本当に早い。気付いたら今年もJRA賞の投票用紙が届いていた。代表馬を簡単にイメージしたところ、3歳牡馬、最優秀短距離馬の部門で思考がストップした。今年の3歳牡馬は三冠レースそれぞれで勝ち馬が違っているし、NHKマイルCの勝ち馬もいる。最終的には有馬記念の内容を確かめた上で結論を出すつもりだが、最優秀短距離馬も難解だ。そもそもスプリンターとマイラーをひと括りにする乱暴な分類に無理があり、しかも香港のウルトラファンタジーがスプリンターズSを勝ったことでますます混沌としている。マイルCSをレコード勝ちしたエーシンフォワードも捨て難いが、G1を含め重賞3勝のキンシャサノキセキが票を集めることになるのだろう。年度代表馬部門はブエナビスタ、アパパネの牝馬2頭が有力だが、有馬記念を勝った場合にはダービーの1〜3着にも選出の可能性が残されている。ドリームレース特有の華やかさと過ぎ去る1年を儚む哀愁とが混在する有馬記念は個人的に好きなレースのひとつ。今年も私なりに感情移入をしながら観戦することになりそうだ。
このコラムの担当になったのは2003年1月。24年間の現場取材記者生活から内勤に変わって1年がすぎた頃だった。当初は軽い気持ちで引き受けた記憶がある。長く競馬場で観てきたサラブレッドたちの戦いの蹄跡、トレセンで目撃した人と馬とが織りなす微笑ましい風景、競馬に携わる人間ならではの面白おかしい日常など幾つかの引き出しがあったので、そのなかから競馬が持つ愉しさや文化としての奥深さを表現できるものを紹介すれば当分は書きつづけられると考えた。気がつけばあれから丸8年、これまでに実に400本以上もの勝手気ままな原稿を書いてきた。さすがに最近はテーマ探しに苦労するようになり、引き出しの中身もひと通りは使い切ったかなというのが実感。表現力の乏しさが故に一部で誤解を招いた原稿もあったようだが、私個人として事実関係は一切曲げなかったつもりだし、外部から打算含みで取り上げて欲しいと依頼されたものはすべて断ってきた。自らの感性のまま、あるがままに競馬の素晴らしさを読者の方に伝えたかった。それが命懸けで走りつづける物言わぬサラブレッドへの礼儀だと考えていたから。
この編集員通信もいよいよ最終回を迎えた。来年2月からは競馬ブックの東西編集スタッフ有志による新たなリレーコラムが始まる。なぜ2月からなのかと疑問を感じる方もいらっしゃると思うが、私がコテコテに汚しまくったこの8年間の癖のある垢を綺麗に洗い流すには一定期間の空白が必要だろうと考えてのこと。新コラムは担当の年齢層も若返れば内容もこれまでとは違って変化に富んだ新鮮なものになるはずなので注目していただきたい。“最終回”こう書くと言葉の響きは寂しいが、あくまで自分の意志で決めたことで、これで人生が終わるわけでもなければ好きな競馬と縁を切るわけでもない。しばらく休んで気持ちを切り替えられたら体内の虫が騒ぎ出しそうな予感があるので、そのときには違った形のなにかに取り組むつもりでいる。最後はありきたりの挨拶になるが、お付き合いいただいた方々に心からお礼を申し上げたい。長い間ありがとうございました。いつかまた、どこかの競馬場でお会いしましょう。
競馬ブック編集局員 村上和巳