2010年 凱旋門賞雑感
10月3日、日曜日。スプリンターズSの馬券は正直迷っていた。ワンカラットを狙うと決めながらも確信が持てなかったのだ。最近の充実ぶりと臨戦過程は文句なしでパドックの気配も上々に映った。しかし、ファルブラヴ産駒にもかかわらず1200メートル戦に切り替えて結果を出しているのが気になっていた。力の必要な洋芝で連勝しているが、速い時計の裏付けがないのも引っ掛かった。他に魅力を感じる馬が不在だったため結局は予定通りにこの馬から狙ったが、やはり確信めいたものがない限り当たらないのが馬券というもの。迷ったぶん馬連を選択して少額を流すだけで済ませたが、結果はウルトラファンタジーの逃げ切り勝ち。ワンカラットは絶好位を追走しながら直線では伸び切れずに5着。悪い予感は的中した。それにしても、近年の日本のスプリンター界は不作続きというかレベルが低下しているのを実感する。
夜は酒を控えて凱旋門賞観戦。テレビ中継の解説は週刊競馬ブック『一筆啓上』でお馴染みの斎藤修さんで現地レポートが同じくG1特集『海外馬ジャッジ』を担当していただいている秋山響さん。どちらもソツのないトークを展開していたあたりはさすが海外事情通だ。今年の宝塚記念を人気薄で勝ったナカヤマフェスタの評価については日本国内でもバラつきがあったが、以前にこのコラムで“気難しささえ出さねばG1レベルの能力あり”と書いたように、個人的には好勝負可能と密かに期待していた。極悪馬場のダービーで大外から差を詰めてきたタフなレースぶりは凱旋門賞向きとも思えたし、普段の調教で走るのをやめたり突然動かなくなったりする気性を考えるなら、本番と同じコースをひと叩きして環境に馴らせたのも正解と思えた。二宮調教師と蛯名正義騎手のコンビといえば競馬ファンなら誰しもが思い出すのが1999年のエルコンドルパサーの挑戦。死闘の末モンジューに僅かに差された無念を晴らすには格好の舞台でもあった。
残り200メートルの地点で「正義!」と思わず声が出た。そこからは「マサヨシ!負けるな、交わせ、差せ、勝て!」と連呼。それだけで声が枯れた。ラスト十数秒間で“勝った”と思える場面が何度かあった。体内の血液が逆流しそうなほど興奮したのは一体いつ以来になるだろう……。勝ったワークフォースとの3.5キロの斤量差、そして最終コーナーでの再三の不利を考えるとなんとも惜しかったが、残念ながらこれが競馬でもある。翌日のフランスの競馬日刊紙では蛯名騎手の無念そうな表情の写真とともに“日本馬がロンシャンでセンセーションを巻き起こす!”との見出しが紙面に躍ったという。ステイゴールド産駒のナカヤマフェスタは鵡川の小さな牧場で生まれて市場で1000万円ほどで売買されたと聞くが、超良血でもなければ高額でもないこの馬が欧州最高峰のレースで示したパフォーマンスは称賛に値する。ディープインパクトの失格以降は意気消沈していた日本のホースマンや競馬ファンを大いに元気づけたのではないか。
10月3日に米国ベルモントパーク競馬場で行われたフラワーボール招待Sで見せ場をつくったレッドディザイアと南部杯をステップに渡米予定のエスポワールシチー。この2頭がブリーダーズCでどんなレースをするかにも注目したい。ナカヤマフェスタの好走で日本馬が海外に進出する流れは今後更に加速していくはずだが、週刊競馬ブックで連載中の『競走馬の心技体・秋の特別座談会』(後編、10月11日発行号)で国枝栄調教師が海外遠征について「馬が実力を出せる体制をどう作るかが重要。自前でスタッフを育てるというのもひとつの方法だが、サポート体制を作ることは必要」と語っているのが興味深い。血統も個体も世界のトップレベルに肩を並べた日本にとって最後に求められるのはどんな環境にあってもポテンシャルをフルに発揮できる強い精神力を持つ馬をつくり出すことであり、そのためにはJRA、厩舎関係者、オーナーサイドが一体となった強力なサポート体制の構築が必要となってくる。遠からず訪れるだろう日本馬が凱旋門賞やブリーダーズCを制する瞬間。その日がくるまで諦めずに競馬と向き合っていたいと思う。
競馬ブック編集局員 村上和巳