読者とのQ&A
大文字の送り火が終わると晩夏から初秋へ変わるのが京都のこの時季だが、長期予報によると8月いっぱいは最高気温が35度以上の猛暑日が続くとのこと。普段でも集中力に欠ける嫌いのある私にとって暑さは天敵。もうお手上げである。このコラムを書こうとしてパソコンの前に座ってもまるで指が動かない。そもそも脳から指先に指令が届かないのだからキーボードが勝手に文章を打つ訳もない。そういう事情なので今回は読者の方から寄せられた質問の幾つかに答える“Q&A”特集にしたい。物好きな方、時間を持て余している方以外はスルーされるのが賢明だと最初に断っておきたい。
「キッカケ、つまりどんな状況で競馬を始めたのか教えてください」(岡山県、Oさん)
大学へ行くでもなければ就職するでもない奇妙な生活をしていた20歳の頃。自分が何者なのか、そしてこれから何をすべきなのかも判らず、ぶらっと競馬場へ出かけたのが最初。当時は自分の居場所が見つけられず、所謂“反社会的”とされるROCK喫茶や夜の非合法地域(意味不明?)に出入りしていた。現実に適応できず将来に不安を抱く若者を優しく受け入れてくれた場所が競馬場だった。
「記憶に残る馬を1頭挙げてください」(岡山県、Oさん)
人生のターニングポイントになったという意味ではアカダケ(牡、1973年ダービー12着)という馬。関西での生活に行き詰まって部屋を引き払い、肩にかけたズタ袋ひとつで夜行列車に乗ったときは向かうべき土地も尋ねる人間もいなかった。都内の木賃宿で数日過ごした後、中山競馬場に向かった。“窮地に追い込まれた人間が賭博場で一発逆転を狙う”─あまりにありふれた自分の姿に絶望感に苛まれた。馬券で連敗して財布の中身が空になりかけた最終レースに出走してきたのがこの馬。思えば、あのときアカダケに注目しなければ私は無一文。その後の人生がどうなっていたか見当もつかない。というか、その段階で人生が終わっていた可能性さえある。結果的には人気薄の関西馬の好走でまとまった金額を手中に収め、それによって新たな生活を組み立てられたのだから誇張抜きで私にとっては歴史的なワンシーンだった。振り返ってみるとよくもまあこんな無軌道な人生を送れたものだと思う。
「就活で失敗してばかりです。面接の攻略法を教えてください」(千葉県、Kさん)
昔といまとでは環境も社会常識も変化しているので参考になるとは思えないが、敢えて言うなら型に嵌った優等生役を演じようとせず、自分の色や個性を素直に出すべきではないか。企業の枠に収まろうとせず、やりたいことをみつけてそれを自己表現すべきだろう。装うのではなく、“ダメもと”でストレートに自己PRするのがいちばん個性を表現できる手段ではないか。社会的に評価されている整った環境をめざすのではなく、自分らしさを生かせる環境を模索するのが肝要だと考える。
「競馬好きの高3の男子です。来年は東京の大学へ行きたいのですが、親からは自宅から通える地元大学を勧められて迷っています。どうしたらいいでしょう」(福岡県、Sさん)
“常識的な社会人”とは対極にある私が人生相談みたいな質問に答えるのはまるで似合わないが、状況が許すなら家を出るべきだろう。自宅での生活を続ければ日常的安定こそ得られても、余程の目的意識がない限りは安穏と日々を過ごしがち。自立の第一歩を踏み出したいのなら、まずは肉親と離れて独りの空間で生きることだ。孤独、財政の逼迫と戦うものの種類は多いが、それを自力で乗り越えることが真の自立につながる。ただ、“状況が許すなら”と書いたように、経済面の問題は無視できない。親に過大な負担をかけないために自力である程度の生活費を稼ぐことが必要となってくる。 その昔、パチンコや競馬に嵌り、実家からの仕送りを2、3日で使い果たして途方に暮れる友人たちを見てきた。私にも似たような昔話はあるが、そんな失敗は誰でも経験する。それを繰り返しつつ克服してこそ初めて経験として生きてくる。趣味の領域での経費は本来自己負担するのが当然。その点は肝に銘じて欲しい。いいですか、Sさん、勝っても負けても、馬券はあくまで自己責任ですぞ。それと、学生になっても満20歳の誕生日まで馬券は購入できませんが、もう手遅れじゃないでしょうね。
競馬ブック編集局員 村上和巳