現代の若者たち
数日前の深夜、テレビの報道特集である企業の新入社員研修の様子が紹介されていた。何気なく見ていると奇妙な感覚に襲われた。その研修は“叱られる経験を積むこと”がテーマだったのである。所属部署の責任者と思われる人物が「○○君、先週指示した新企画についての報告がないが、期限はとっくに過ぎている。どうなってるんだ」と切り出す。相手の新人社員が「予定外の業務が入ったことに加え、諸事情が重なりまして、まだ……」と言葉を濁すと「言い訳を聞こうと思って声をかけてるんじゃない。学生のレポート提出じゃないんだから、まずは結論を言え、結論を。それが社会人しての基本姿勢だぞ」と件の責任者が声を荒げる。顔面蒼白になった新人は蚊の泣くような声で「すいません」とひと言発しただけで黙って俯く。組織に属していればよく見かける風景のひとコマなのに、それがなぜ特集番組扱いになるのか不思議な気がした。
画面が切り変わって今度は研修終了後の新入社員の様子が映し出される。「子供の頃から今日まで家庭でも学校でも、こんな風にキツく叱られたことはありませんでした」「初めての経験だったので怒鳴られた途端に頭が真っ白になってしまいました」と男女数人が感想を述べる。我々にすればごく日常的な一場面に過ぎないのだが、若者たちにとっては衝撃的な初体験だったようだ。その後、“物質的に豊かな時代に育ち、整った環境でゆとり教育を受けてきたこの世代は厳しく叱られた経験のない人間が多い。社会に出て上司や先輩から叱責されるとパニックに陥る人間が少なくないため、初期にこうした研修が必要となってくるのだ”とのナレーションが流れる。番組として成立させるため敢えて興味本位につくり上げたのかと考えたが、そうではなさそうだ。ラストシーンでは「君たちを仲間と認め、早く一人前になって欲しいからこその説教。そのあたりを冷静に受け止めてモチベーションを失わず業務に取り組んで欲しい」と責任者がコメント。本当にそこまでの説明が必要かとも思えたが、若者たちは神妙な面持ちでその言葉に聞き入り、何度も深く頷いていた。
法曹界にいる知人からも「最近の若い検事や検察官には被告の供述の真偽を判断できない人間が増えているようです」との話を聞いた。幼年期から塾通いの生活を送り受験戦争を乗り切ってエリートと呼ばれる職種に就いた人間たちは、いざ社会に出てみると一般庶民の感覚が理解できなくなっているというのである。罪を犯した者が動機やその心理を述べる場合には自身の正当性を主張しつつある種の同情を買おうとする心理が働くのは当然で、都合のいい虚構のストーリーを築き上げることもそう珍しいことではないはず。一般常識からして信じられないような供述が飛び出しても疑うことなくそれを盲信する人種が増えているとの実態を聞いて複雑な気持ちになった。政治家は勿論のこと官僚や役人たちが富裕層以外から出にくい時代になっているのは高学歴社会になっている韓国あたりも同様らしいが、これから先の社会がどう変化していくのか気にはなる。
スポーツの世界にも同様の傾向が感じられる。プロ野球の名監督は誰かと考えると真っ先に浮かぶのは元楽天の野村克也氏。独特のシニカルなボヤキ発言が有名だが、その裏に垣間見える人情味溢れる人間性には好感が持てる。データ分析を駆使した戦略に長けるだけでなく、苦労人らしく人心懐柔策も巧みで漏らすコメントは実に味わい深い。一方、平成の名監督として頭角を現してきた巨人の原辰徳監督はコメントそのものも退屈でごく平凡な人間像しか浮かんでこないが、若手選手たちからそれなりの信頼を集めているというのは意外な気もする。しかし、ひと昔前の監督といえば威厳を漂わせてやれ根性だのやれ努力だのと精神論ばかり選手に押し付けていたイメージがある。その点、原監督は選手と一体感を共有してプレーに一喜一憂しており、言動も決して高圧的ではなく想像以上に用心深い。それが現代の若者に受け入れられているのかも知れない。
牧場からやってきた若駒にトレセンでの生活習慣を教え込むのは大変だ。しかし、育成段階で丹念にケアを積むようになった近年はその手間もかなり省けるようになったと聞くが、いつの時代にもなかなか人間の言うことを聞かない馬はいる。「危険な仕草をしたらキツく叱る。すると、しばらくは馬房のなかで後ろ向きになったり、いじけた目をしたり。それが続くと優しく接して気持ちをほぐしてやる。しかし、また同じような悪いことをすると改めてキツく叱る。それを気長に繰り返すうちに、叱られた原因を馬自身が理解するようになる。いつの時代も馬に対して我々人間のやることは一緒」これは以前に馴染みの厩務員さんに聞いた話。まずは信頼関係の構築が前提というあたりは人間も馬も変わらないが、周囲から叱責を受けてもペロッと舌を出してその場を凌ぐような、エリートや良血にはない逞しさを持つヤンチャ坊主の活躍をもっと見たい。
競馬ブック編集局員 村上和巳