痛恨の操作ミス
5月9日、日曜日。いつも通りに家を出て会社へ。地下鉄からJRに乗り換えてホームに着いたところで滑り込んできた電車内のひとりの人間と視線が合う。“えっ?”と思った瞬間にドアが開き、気づけばその相手と抱擁していた。京都に住んでいる数少ない友人のひとりで顔を合わせるのはほぼ1年ぶり。会うときは偶然もしくはなにかの大きな節目のときだけ。いわばいつもが非日常的状況である。突然抱きついてくる彼も彼なら、なんの躊躇いもなく受け止める私も私だが、これが我々のいつもの表現形態なのだから仕方ない。十数秒後に別れの言葉を交わして電車に乗り込んだが、記憶に残る会話は「電話するよ」「私もメールする」だけ。しばらく車窓に彼の残像を浮かべていると、ひと駅過ぎたあたりで妙に気恥ずかしくなった。舞台が海外や空港、せめて新幹線のホームならともかく、琵琶湖線の駅でオッサン同士が突然ハグする姿は周囲の乗客にはさぞかし奇怪だったろう。そんなことを考えているうちに草津駅へ到着。いつもと違う日曜日がスタートした。
出社してまずはパットの残高を確認。土曜日の馬券成績が完敗で残金は少ないが、京都の平場に注目馬が1頭いる。しかも人気はそうない。NHKマイルCはダノンシャンティ軸でまず大丈夫と考えているが、人気馬から馬券を買うとすれば資金不足を否めない。そこで残金を平場に投入しようと決心した。力関係が読みにくいレースなので馬連や馬単を避けて単複にするつもりだったが、オッズ、馬体重をチェックして迷った。もともと小柄な馬がこの日は更に馬体減。そこで複勝一本に切り替えたところ結果は大正解。勝ち馬にこそ離されたが、ガッチリと複勝圏を確保。資金は5倍強に増えた。あとはG1を狙い撃ちするだけと気持ちが乗ってきたところでテレビの画面に新潟のパドックが映し出される。馴染みの調教師が管理する馬の気配がなかなかいい。これなら久々でも動けそうだと衝動買い。ちょっと資金が増えるとすぐ集中力を欠くのが私の悪しき性癖であり、貧乏人の悲しき性でもある。結局は増えた資金の半額を新潟の目についた馬の単勝に投入。普段なら肩を落として悔やむ結果になるはずなのに、なんと6倍強の単勝が見事に的中。資金は更に増えたのだった。
NHKマイルCは自信満々にダノンシャンティ軸で勝負。この馬を3連単の1着固定として2、3着候補にはリルダヴァル、サンライズプリンス、キョウエイアシュラを選んだ。一旦はこのフォーメーション馬券を購入したが、締め切り数分前にダイワバーバリアンが気になってギリギリにこの馬絡みの馬券も追加。“流れがいいときは積極的に攻めるのが勝負の常道”と呟きながらレースを見守った。レースは前半1000メートル56秒3のハイペースで流れ、直線は後方につけたダノンシャンティが期待通りに力強い伸びを見せる。“よっしゃ、突き抜けろ”と声を出すまでもなくアッサリと差し切って驚異的な日本レコードで快勝。3連単は17180円の手頃な配当となった。やるときはやるというか、久々に本気を出したというか、こんな日もないといけない。全盛期はいつもこんな感じだったもんなと独り言を呟きながら馬券収支を確認すべくPCに向かった。
偶然出会った京都の友人からメールがきた。「会うたびに若づくりになってるね」との言葉が胸に突き刺さる。忍び寄る老化と戦って無駄な抵抗をしているのを見透かされた格好だが、ふん、ほっといてくれ。ロン毛も70年代ファッション(ちょっと違うか)も好きでやってんだから。そういう君だってどこから見ても素人の雰囲気じゃなかったぞ(昔からだが)と反論しかけたが、想像していたより元気そうだったので許してやるか。そんなことはともかく、なによりも許せないのはPCで調べた馬券収支の結果だ。最初に投票した3連単の組み合わせは予定通りだったが、追加したダイワバーバリアンはなぜか3着固定のみの扱い。京都記念もジャガーメイルを3着固定で失敗したが、あのときは自らの判断でそうしたもの。今回はPCの単純操作ミスなのだから悔やまれると同時に激しい自己嫌悪に陥る。幻の配当を取り戻してこの敗戦から立ち直るには4日後のヴィクトリアマイルをビシッと本線で当てるしかない。よ〜し、今度はヒカルアマランサス頭の3連単で勝負だ!……と思ったが、冷静に考えると勝つまでは難しそう。少々迫力には欠けるが、馬連でも買っちゃおうかな。
競馬ブック編集局員 村上和巳