2010年皐月賞回顧
第70回皐月賞はヴィクトワールピサの完勝だった。前半は後方を追走して2コーナーすぎから迷いもなくラチ沿いのインを走らせるコース選択。一瞬、断然人気の馬なのにそんな窮屈な位置で大丈夫かとの思いが頭をかすめたが、掛かり気味ながらも馬込みをまるで気にしない軽やかな走りを見て納得。しばらくはこの位置で我慢させて勝負どころで外に持ち出す作戦だろうと思った。半哩標をすぎたあたりから各馬が徐々に仕掛けて動き出してもこの馬1頭は手綱を抑えたまま4コーナーへ。この段階で勝ち馬は決まった。直線に入って抜け出すタイミングを図る岩田騎手の右前方にスペースができた。パンパンの良馬場だったならまず空かないコースだが、残り1ハロン地点の手前から瞬時に右ハンドルを切ってそのスペースへ突っ込み、切れるというよりはどこまででも伸びそうなパワフルな伸びで楽々押し切った。まさに力が違ったという印象。
ゴール寸前で2着に突っ込んだヒルノダムールは後方から外を回る競馬。ゴーサインを出してからトップギアに入るまで想像以上に時間がかかり、4角から直線の入り口では少々窮屈そうな場面もあったが、それでもラスト1ハロンからの伸びは際立っていた。まだトモに力がついていない感じの走りで直線に坂のあるコースで勝っていないのが気になっていたが、この皐月賞でそういった不安は払拭できた。5月20日の遅生まれでこれからが本当の意味で実が入ってくる時期。ダービーでも上位を賑わすことになるだろう。
ゴール前の叩き合いで僅かに後れを取ったが、3カ月ぶりをものともせず追われてしっかり伸びたのはエイシンフラッシュ。鼻肺炎でローテーションが狂い、ぶっつけの挑戦になったぶん人気を落としていたが、調教の動きは上々で毛ヅヤもピカピカ。キッチリ仕上げられていた。中団の馬込みの中で折り合いをつけて必要以上に外を回らない冷静なレース運びも大人びていた。デビューから2、3戦目は掛かる場面があっただけに2400メートルに延びてどうかだが、皐月賞の内容なら問題なし。次回が真価を問われる一戦。
昨年の最優秀2歳牡馬ローズキングダムは好位でスムーズに流れに乗る正攻法の競馬。直線半ばで一瞬抜け出すかのシーンがあったのはこの馬の底力。新馬デビュー戦で456キロの馬体だったのが、その後は6キロ減、4キロ減、2キロ減と続き、皐月賞当日は更に6キロ減で438キロにまでなっていた。単に数字上の問題だけでなく、少々こぢんまりとまとまりすぎているようにも見えた。牡馬にしては華奢でそう力があるとは思えず、道悪が残ったのもつらかったはず。まずは馬体の回復を、そして今後は肉体面の成長が鍵。
注目していたのは骨折明けをひと叩きしたリルダヴァル。これまでに幾頭もの素質馬が同様のローテーションで力を出せずに終わった記憶があり過信できないと思ってはいたが、パドックの気配は抜群。思わず馬券を買った。テンに行きたがった以外はスムーズなレースだったが、最内枠で終始狭い内々を走らされる形。稍重もマイナスだったようで本来のバネのきいた末脚は見られなかった。馬場の広い東京でノビノビ走らせて良さが出るタイプと思え、NHKマイルCあたりで賞金を加算できればダービーでは面白い存在。
三冠第一章の皐月賞の結果は今後を占う意味でこの欄で取り上げるようにしている。昨年の勝ち馬で同じネオユニヴァース産駒のアンライバルドについては“反応が良すぎるのが逆に気になってくる。(中略)敵は相手関係よりも自らの内面にありそうだ”と書いたが、その後はイレ込んだり引っ掛かったりする場面が目立ち4戦未勝利。現在は屈腱炎と戦っている。そのアンライバルドと比べるとヴィクトワールピサには落ち着きがある。500キロを越える大型で皮膚の薄い馬体も魅力のひとつ。よく騎手たちは“ちょっと掛かり気味で、それでいて抑えのきく馬が乗りやすい”と話すが、この馬の場合はまさにそんな印象。馬込みに入れても怯むところがなく、皐月賞の直線もスペースさえあれば外目に持ち出して余裕綽々の勝ち方をしていたはず。死角らしい死角がないことを考えるとダービーもこの馬が中心になるのは間違いなさそうだ。皐月賞組以外ではペルーサ、ダノンシャンティ、トゥザグローリーといった別路線組にも注目してみたい。
競馬ブック編集局員 村上和巳