「相変わらず凄い髪の毛してるよな。散髪代がないんだったら貸してやろうか」
そう言いつつ財布まで出す大橋勇樹調教師。「それよりも重賞を勝って週刊競馬ブックの読者プレゼントになにかグッズを作って」と辞退したが、そんなにみすぼらしい姿かとトイレで鏡を見直した。
「お元気にしていらっしゃいますか?私の場合、糖尿以外はなにも問題がありません」
爽やかに声をかけてくれたのは沖芳夫調教師。私より少し年長だからもう60歳にはなっているはずだが、言動、物腰ともに若々しい。いまも日々精力的に管理馬の調教に跨り続けているのだろう。
「元気かって?成績を見たら判るだろう。なんとか仕事をやっているってだけだよ」
山内研二調教師とは彼の厩舎開業時からのお付き合い。いくつもG1を勝っているが、ここ数年は思ったほど成績が上がっていない。まだ老け込む年齢でもないのだから今後の巻き返しに期待したい。
「今日、明日はいつも以上に周囲に迷惑をかけないようにと考えて乗ります」
秋山真一郎騎手は次週のWSJシリーズへの初参加が決まっており、騎乗停止などでせっかくの機会を棒に振らないようにと慎重な様子。彼らしい思い切りのいい騎乗でシリーズの優勝を狙って欲しい。
「おや、珍しいじゃないですか。今日は競馬場で何かあるんですか?」
私のトレセンアドバイザーのひとり、というかお目付け役(笑)でもある飯田祐史騎手。もともと落ち着きのある人間だが、年齢を重ねて風格が出てきている。困ったときはまた相談するからな。
「村上さんじゃない、きてたの。ラスト4週?俺、香港へ遊びに行く予定だから(笑)」
年間100勝を達成した藤田伸二騎手に残る4週も頑張れと声をかけたところ上記の返答。昨年は年間100勝に僅かに届かなかったが、今年はG1勝ちも含めて堂々の達成。コメントにも余裕が感じられる。
「馬券獲った?ダメでしたか(笑)。歩様が悪かった?あれでも今日はマシな方なのに」
通算1100勝をセレスダイナミックで達成した福永祐一騎手。返し馬ではイレ込みがキツくてキャンターもゴトゴトに映った。外して馬券を買ったところ勝たれてしまい、相変わらず見る目がないと反省。
週刊誌の担当原稿の処理が水木金と予想以上にスムーズに進行。時間に余裕ができたため土曜日(11月28日)の昼から競馬場へ出掛けた。京都開催は今年最後で個人的にもこの機会を逃すと年内の競馬観戦は無理と判断してのこと。例によって検量室近辺と記者席を往復しつつライヴを楽しんだ。こんな週末に限ってトラブルが起こるもので、翌日の午前中に“米国のサマーバード骨折”との悲報が飛び込んできた。各スタッフの頑張りで大きな混乱もなく無事に週刊誌の予定原稿を差し替えられたが、大物外国馬の事故は残念だった。
そして日曜日のJC。一完歩毎に迫るオウケンブルースリと必死で振り切ろうとするウオッカ。その差は昨年秋の天皇賞同様に僅か2センチ。この2頭の死闘にしばし言葉を忘れた。2006年に阪神ジュベナイルFを制して“天才少女出現”と話題を集めたウオッカだが、あの時点でこれほど起伏のある競走生活を送ると誰が想像したことか。圧倒的人気を集めた桜花賞での敗退、そして64年ぶりとなる牝馬のダービー制覇、その後の8連敗、そして復活。今回も一部で限界説が流れるなかでの勝利だった。挫折を繰り返しつつそれを乗り越えんとして戦い続けたその蹄跡には光と影が交錯するが、常に新たな高みを目指したからこそたくさんのファンの心を捉えられたのではなかったか。好位差しでJCを乗り切れたのなら中山の2500メートルでもと考えた矢先の鼻出血発症だったが、もう男勝りの役割りを終わりにさせる時期を迎えているのかもしれない。
競馬ブック編集局員 村上和巳