週刊競馬ブックの特別企画に立ち会うため、先週は休日を返上して宇都宮の競走馬総合研究所(総研)に出張した。連載中の『競走馬の心技体』は楠瀬良、平賀敦氏(総研)、青木修氏(日本装蹄師会)を執筆陣に迎えて昨年1月にスタート。1年8ヵ月が過ぎた。時として読者の方から「もう少しわかりやすい内容に」との声も届くが、平易な表現に修正することで論旨や本質が微妙に変化するケースもあると説明して原文のままの掲載にご理解をいただいている。この連載に関しては競馬ファンの方だけでなくトレセン関係者や牧場関係者といった馬に携わる人々からもご意見や感想が寄せられており、企画当初に想像していた以上の反響の大きさに驚かされると同時に、競馬マスコミの一員として学術的な記事の必要性についても改めて考えさせられる。
6月に都内で平賀さんにお会いして「近々、昨年同様の鼎談を考えています」と申し出たところ「我々3人でとなるとテーマを変えたとしても内容は昨年とそう変わりません。外部からゲストを招いて話し合う形式はいかがでしょう」との提案があった。それから1ヵ月半はゲストの人選に悩まされた。執筆者の立場を考えると相手は馬づくりの最先端にいる方、つまり“書斎派VS現場派”が理想だが、ここでまた悩んだ。まず浮かぶのは調教師か騎手だが、現場派には職人気質で寡黙な人種が少なくない。座談会ともなると独自の感覚や手法を言葉できちんと表現できることが必要で、同時にある程度の実績を残している人物が望ましい。そんな人物を探し出せたとして、果たして宇都宮まで出向いてもらえるかどうか。『心技体』の担当編集者水野隆弘と人選について話し合いを繰り返したが、最終的には独断で選んだ相手を口説き落とすしか手はなかった。
8月24日に現役調教師を招いて収録した座談会は冒頭から一気にヒートアップ。周囲で見守る小社スタッフは4人が繰り広げる会話の質の高さ、奥深さに言葉を忘れて聞き入り、私もまた時間の経過を忘れた。現場取材をしていた25年間にも心に残る言葉や忘れられない風景に幾つも出会ったが、そういった現場の一場面とはまた違う知見あふれる今回の座談会に立ち会えたこともまた競馬マスコミの一員としては僥倖だった。最前線にいる調教師とスポーツ科学としての競馬に取り組む研究者には相容れない部分があるだろうと覚悟していたが、どちらもが相手に敬意を表することで友好的に話し合いが進行。双方をつなぐパイプ役としてそれなりに機能できたかなと考えている。後日に研究者の方々から感想メールをいただいたのでここで一部を紹介しよう。
「座談会が盛り上がって掲載予定が1週延び、私の原稿(競走馬のこころ)の次の順番まで間が開くことになったのは大歓迎(笑)。今回のゲストはベストセレクションでした」
ソフトな物腰に小さめの伊達(?)眼鏡がよくお似合いの楠瀬良氏。お邪魔した時期はちょうどピロリ菌検査の最中だった。もう元気になってお酒を召し上がっていることだろう。
「とても楽しく有意義な時間をすごさせていただきました。ありがとうございます。あらためて、ゲストが大変な勉強家であることを認識したしだいです」
過去の名馬のレースでの走破タイムを100分の1秒単位まで記憶している平賀敦氏は陸上マニアとしても有名。ここ数カ月、毎日1時間半歩くことで見事にダイエットに成功している。
「貴重な座談会でした。今後、心技体を書く上で、格好の話題や題材のヒントがいくつか見つかりました。いいゲストを選んでいただいたことを感謝しています」
昨年は体調を崩していた青木修氏。見違えるほど元気になられている様子にひと安心。進行役にまとめ役にと場を仕切って、まさに大活躍。いえいえ、こちらこそ感謝しています。
最後に「あの先生たちと話ができるのは光栄。私でよければ」と宇都宮まで同行していただいたゲストの座談会中のひと言も紹介しよう。次の言葉で場は爆笑の渦。即座に「誰でも知ってますよ」の声が乱れ飛んだのは言うまでもない。松田国英調教師、強行軍おつかれさまでした。
「皆さんご存じないと思うけど、昔ウチの厩舎にクロフネという馬がいましてね……」
この座談会は9月7日発売号から3週連続で掲載予定。一般の読者には難解な部分が少なくないかもしれないが、単に質の高い学術的な話し合いが展開されたというだけでなく、全編に目を通すことで日本の最前線で取り組まれている競走馬づくりの実態やそのレベルまでが理解できる。雑誌の宣伝や出席者に対する気遣いを抜きにした本音として、競馬ファンの方には必読の企画だと申し上げておきたい。
競馬ブック編集局員 村上和巳