先週、週刊誌の企画の打ち合わせがあって久しぶりにトレセンに出向いた。オークス前にブエナビスタ&山口慶次厩務員のところに顔を出して以来だから2カ月半ぶりということになる。3時すぎに会社を出ようとして午後の車両通行禁止時間帯なのに気付いた。朝は調教開始の30分前から3時間、午後も季節に応じて午後1時から5時までの間に2時間の車両通行禁止時間が設けられている。調教や午後運動(いまは大半の厩舎が廃止しているが)、厩舎作業の妨げにならないようにとの配慮だと思われるが、夏場は午後3時から5時までがその時間帯となっている。ただ、JRAが認める特別車両やマスコミが取材用に使う車(通行証を配布されている車に限定)に関しては例外として通行を許可されるが、構内はもちろん馬最優先で最高速度も20キロ以内に制限されている。広い敷地内を端から端まで歩くとかなりの時間を要するため、厩舎取材班が帰ってくるまで待機することにして、予定より30分ほど遅れてのトレセン訪問となった。
松田国英厩舎にお邪魔したのは内勤になって初めてだが、真っ先に迎えてくれたのは2匹のワンチャン。乗峯栄一さんのブログでお馴染みのモモ(トイプードル)とその子供である。ソファーに座ると左右から飛びついてきて私に頬ずりしたり顔をなめたりと大歓迎。どちらかというと犬よりは猫派の私だが、基本的に動物なら何でも好き。これだけ歓待されるとすぐに気をよくして相手をしてしまう。“動物に好かれる奴に悪い人間はいないって言うしな”などと鼻の下を長くしていると、夫人が餌を与えるべく声をかける。すると、それまでじゃれ合っていた私には見向きもせず一直線に夫人のもとへ駆け出す2匹。そして、食事を済ませてからはこちらにはまるで無関心。最初は物珍しさで駆け寄ってきたものの、すぐに飽きられていたようだ。すっかりその気になっていたので反動はきつかったが、現実とはこんなものである。
松田調教師と知り合ったのは20年ほど前だったと思う。ある厩舎で調教助手(持ち乗り)をしていた彼に取材したのが最初だが、同郷でしかも元専門紙記者という一風変わった経歴の持ち主。しかも、いろいろ話を聞いてみると生家はサラブレッドを生産する牧場だった。つまり彼は生産者、競馬マスコミ、そして厩舎人と競馬に関わる様々な立場を体験していたのだ。しかも、最終的には調教師をめざしていると聞いて更に驚かされた。調教中に怪我をしたことも1度や2度ではなく、腰にギプスをして病院のベッドの上で身動きできない状態が数カ月つづいたことも過去にはあった。そんなときでも馬学や海外競馬の書籍等を手放さなかった姿にはただただ感服した。調教師試験の合格者に彼の名前を見つけたときには“きっといい調教師になるだろう”との予感はあったが、その予感は数年後に想像を遥かに超えるレベルで現実となっていた。
「調教師になるという夢が実現しただけでも幸せなのに、2度もダービーを獲らせてもらいました。ここまでを振り返ってみると自分でもでき過ぎだと思っているぐらいです。でも、こういった実績を積み重ねてしまうと、もうレベルダウンすることは許されませんからね。すべての分野でこれまで以上の結果を出すように環境を整えていかなくてはなりません。責任の重さを実感しています」
厩舎の応接間に飾られている記念写真はクロフネ、タニノギムレット、キングカメハメハ、ダイワスカーレット。それぞれが一時代を築いた名馬で眺めていると現役時代の記憶が甦ってくる。“責任の重さを感じています”との台詞が嫌味なく自然体で出るあたりは人柄なのだろう。これからもファンに夢を与えるような馬をたくさん送り出すに違いない。そんなことを考えつつ打ち合わせを済ませてその場を辞したが、そのときもモモとその子供はソファーの上でくつろいだまま。こちらには視線さえ向けずに知らん顔だった。
最後にお知らせをひとつ。来週のこのコラムは都合によりお休みさせていただきます。よって、次回の更新は9月2日になりますのでどうぞご了解ください。
競馬ブック編集局員 村上和巳