・アドマイヤフジ ・オペラブラーボ ・ダイワワイルドボア ・フサイチアソート ・マイネルキッツ ・ヤマニンキングリー
・アドマイヤオーラ ・ヴィクトリー ・ショウナンアルバ ・シンボリグラン ・タマモサポート ・マルカシェンク ・ヤマニンエマイユ
「長期休養後に見事復活勝利した思い出の馬(トウカイテイオー以外)はいますか?」
大阪在住の41歳の男性から上記のメールをいただいた。カネヒキリの見事な復活劇に心を動かされてのことだと思われるが、以前にこの欄で取り上げたトウカイテイオーの話なら資料なしでも記憶の糸をたぐり寄せればある程度のことは書ける。しかし、この馬のエピソードはキャリアのある競馬ファンなら誰もが知っていること。それ以外の馬をと指定されているのだからその気持ちを汲み取らねばならない。そこで業務の合い間に長期休養後に復活した馬をリストアップしてみたが、自分が現場で接してきた馬や格別な思い入れのある馬以外となるとあまり気持ちが乗らず筆も進まない。該当馬探しに予想外に手間取ってしまい、編集部に保存されている数百枚の古い成績カードを順番に目を通すという地味な作業に取り組むことになった。
この成績カードというのは20年ほど前まで編集部で使っていた新聞のタブロイド版ぐらいの大きさの厚紙に個々の馬の成績を手書きで記録してあるもの。まずは馬名と血統があり、続いて出走日、レース名、頭数、枠順、馬場状態、人気、着順、騎乗者、走破タイム、当日の馬体重、通過順位、調教過程などが細かく記されている。週刊競馬ブックの愛読者の方なら特別登録のあとに掲載されている『完全データ』をご存知だと思うが、あのデータを馬単位でひとつにまとめているのがこの成績カードである。見習いとして入社して半年ほどはこのカードに成績を書き込むのが私の仕事で、誤字、脱字、記載ミスをするたびに上司に叱られた。スタッフが予想をする上での貴重な資料なのだからそれも当然のことだった。当時の記憶を延々書いていくと今回の原稿がそれだけで終わりそうなので数枚の成績カードの写真を貼付しておく。パソコンで見られるオールドファンの方はセピア色になった年代物の成績カードをご覧になってアナログ時代を懐かしんでいただきたい。
私が最終的に選んだのはミスターシービー産駒で500キロを超える鹿毛馬ヤマニングローバル。1989年秋に新馬、黄菊賞、D杯3歳Sと3連勝。軽やかなスピードと追っての切れ味はまさに超A級であり、華やかな雰囲気を漂わせる天才派のサラブレッドだった。翌年のクラシックはこの馬が総ナメにすると誰しもが思ったものだが、右前の第一指骨を複雑骨折する不運に見舞われて骨折した部分を2本のボルトでつなぐ難易度の高い手術が行われた。現役競走馬にこの手の接合手術を施すのは私の知る限りにおいてはこの馬が初めてであり、現役復帰は不可能との声が周囲に渦巻いた。しかし、管理する浅見国一調教師は諦めなかった。そして、馬自身も長い闘病生活を耐え抜いた。1年2ヶ月後に競馬場へ戻ってきたヤマニングローバルは1番人気で迎えられた。この馬に対して抱いていたファンの夢の大きさを物語るエピソードのひとつである。
復帰戦の洛陽Sから9連敗と人気を裏切り続けながら、10戦目のアルゼンチン共和国杯(91年)で2年ぶりの勝利を掴み取ったグローバル。目を潤ませながら「難しい手術をしてくれた獣医さん、献身的に面倒を見続けた厩務員、めげずにリハビリに耐えたグローバル。それぞれに感謝したい」と漏らした調教師の姿は私にとって忘れられない歴史のひとコマである。それからのヤマニングローバルは16戦して92年の目黒記念を1勝しただけ。年齢的なものもあったのだろうが、デビュー時のしなやかさや痺れるような末脚が影を潜めてズブさが目立つようになっていた。それでも、この馬が再起不能といわれる複雑骨折から甦ったことで、その後は同様の骨折をしながら接合手術によって立ち直る馬が確実に増えてきている。そのあたりを考えると、この馬が再起したという事実はG1レースを勝つことより価値があったとさえ思える。浅見さんからいただいた骨折箇所を2本のボルトでつないだグローバルのレントゲン写真はいまも私の机の引き出しに保管してある。
最後に簡単なご挨拶を。今年もなんとか無事に一年を終えることができました。拙文をご愛読いただいた皆様には心から感謝しています。最近は仕事に忙殺されて成績カード頼りに手軽な昔の馬の話ばかりを書き殴っていますが、こういった作業に取り組んでいると記者の立場を忘れてひとりのファンに戻ったような感覚になると同時に、競馬の歴史を次代に伝えるためにはなにが必要なのかが見えてきたりもします。これからも競馬の持つ魅力を発信しつつ読者の皆様のご要望に添えるよう努力して参りますので、2009年もどうぞよろしくお願い申し上げます。なお、この原稿の次回の更新日は1月14日になりますが、“丸6年がすぎたってのに、また来年も続けて書くのかよ”という突っ込みはなしにしていただければ幸いです。
競馬ブック編集局員 村上和巳