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「よ〜し、伸二、そこからが勝負だ。そう、しっかり追え、追え。差せ、差せ、交わせ!」
今年のJCダートは直前まで業務に追われながらもレース10分前にパソコンでメイショウトウコンの単勝とこれを軸にした馬連を数点購入。場所が厳粛な(?)職場であるにもかかわらずゴール前では思わず声が出ていた。ヴァーミリアンやサクセスブロッケンといった人気が集中している馬を中心に馬券作戦を組み立てるのは私のスタンスではない。実力がある割に何らかの理由で評価が落ちている馬、人間心理(オッズ)の盲点になっている馬をひねって捜し出すのが基本戦術。二重丸がズラッと並ぶような馬は軸にしたくないへそ曲りな気質は自らの長い雑草貧困生活に因るところが大きいのだろうが、それに加えて勝負弱さでは栗東編集部でコンスタントに首位争いを演じている私のこと。馬券の的中率もそう高くはないが、自分なりに納得した上でこのパターンで馬券を買い続けている。今回、メイショウトウコンを狙ったのにはそれなりの理由があった。
まずは今年から開催場所が東京から阪神に替わったことが第一。詳しい競馬ファンの方ならご存じだろうが、メイショウトウコンという馬は長距離輸送に弱い繊細な一面がある。滞在競馬の札幌や輸送時間の短い地元競馬(京都、阪神、中京)では13戦6勝2着3回と素晴らしい成績を収めているのに対して、長距離輸送を挟んだ関東地区(大井も含めて)では11着、4着、3着、8着と連対すら果たしていない。昨年春までは長時間輸送を経験すると馬体が減るケースが目立っていたように、暗くて狭い馬運車で揺られながら遠征すると情緒不安定になったりカイバを食べなくなったりして、結果としてレースで力を出し切れないのだろう。その点を考えれば地元の阪神開催となった今年はこの馬にすれば千載一遇のチャンスが訪れたことになる。狙わぬ手はない。
それともうひとつ、ここ4走続けて藤田伸二騎手が手綱を取っているという点にも注目した。園田で行われたJBCクラシックでヴァーミリアンに0秒2差に迫る姿を見て私なりに考えた。ゲートをまともに出なかったり、出てからも自分からハミを取ることがまずないメイショウトウコンだが、JBCでは伸二の熱い想いが伝わったのか以前よりも勝負どころの反応が良くなっていた。“小回りの園田でこの着差なら阪神になれば逆転可能”と伸二が一発を狙っているとしたら、作戦はヴァーミリアンの徹底マークしかない。圧倒的人気のダンスインザダークをゴールでクビ差捉えたフサイチコンコルドのダービー(1996年)、人気上位のマーベラスサンデー、エアグルーヴを測ったように差し切ったシルクジャスティスの有馬記念(1997年)に代表されるように、久しぶりに“人気馬殺し”の“マーク屋伸二”が見られるかもしれない。そう考えると気合いが入ってきた。しかも、出馬発表を見るとこの2頭は枠順まで隣同士となっている。この段階で私の軸馬は決まった。
ゲートを出るのが遅かったメイショウトウコンはバラけた最後方を追走する形。これでは徹底マークの台本通りに運ばないと焦ってテレビにかぶりつくと、1角で他馬と接触したためかヴァーミリアンの位置取りが悪くなっている。これなら直後をついて回れるかと一瞬希望を持ったが、向こう正面に入ると手綱を抑えたままで外から楽に進出する相手に対してメイショウトウコンは気合いをつけ通しでまったくエンジンがかからない。無理狙いだったかとの想いが浮かんだが、諦めずに注視していると3〜4コーナーからメイショウトウコンの反応が徐々に良くなってくる。伸二の闘志と執念が馬に乗り移ったのだ。こうなったらしめたもの。直線に入っての追い比べではむしろ相手をアオッている。よ〜し、これならいただきだ。2頭並んで突き抜けろ!
ゴール板を過ぎた各馬が1コーナーへ向かって減速していく後ろ姿を見守りながら私は放心状態になっていた。マッチレースに持ち込んでヴァーミリアンを競り落とした伸二の騎乗は私のイメージ通りであり、正味800メートル以上も長く脚を使い続けたメイショウトウコンの頑張りも期待通りだった。ただ、内目を巧みに捌いて抜け出したカネヒキリを相手候補から外していたのである。内で包まれてなにもできないままゴールインした武蔵野Sは度外視すべきと思ってはいたが、屈腱炎による2度の長期休養というのが引っ掛かっていた。40年近くも競馬を続けて屈腱炎の怖さを嫌というほど現場で見続けてきた我々の世代にとっては“屈腱炎=能力喪失”という認識が常識であり、体内の組織を腱に移植手術するなどの最新の獣医学を活用した治療法が奏功したとの話を以前に関係者から聞いたにもかかわらず不治の病との印象を拭えなかった。結局、JCダートの馬券こそやられたが、カネヒキリの見事な復活のパフォーマンスを目のあたりにできたのは素晴らしい出来事だった。一朝一夕にという訳にはいかないだろうが、腱にかかわる疾病で引退を余儀なくされる馬たちがいたことを昔話で語れる時代がいずれくるとしたら、それまでは競馬を続けていたいなと思っている。
競馬ブック編集局員 村上和巳
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