・アサクサキングス ・ウオッカ ・オウケンブルースリ ・オースミグラスワン ・スクリーンヒーロー ・ディープスカイ ・トーホウアラン ・ポップロック ・マツリダゴッホ ・メイショウサムソン
午後1時半、京都競馬場に到着。すぐに馬の姿を見たくなるが、まずは腹ごしらえ。同行したふたりを案内して1階にある関係者専用の手狭な食堂へと向かうが、その場所がなかなか思い出せない。迷路のような廊下を右に左にと歩き回ってもサッパリ方角が判らない。現場時代は目をつぶってもたどり着けた場所だったのにと自分自身に呆れながらも職員の方に場所を教えてもらってなんとか目的地に到着。春にも京都競馬場へやってきたが、あのときは競馬関係者の方とお会いしただけで終日一般席で過ごした。そもそもG1当日の競馬場(関西圏)にくるのは内勤になって初めてのこと。記憶が薄れてすっかり混乱しているのだ。
食事後に関係者と談笑していると「やっぱりG1当日の雰囲気はいいですね。もっと現場にきたくなるでしょ?」と飯田祐史騎手から声がかかる。「熱気と緊張感で空気がピリッとしてるのがいいな。今週は変則日程だからこれたけど、いつもは週刊誌の締め切り日でテレビ観戦。仕方ないよ」と返事をしつつ、次のレースに出走する各馬の馬場入りを眺める。厩務員、調教助手にも懐かしい顔がそれなりにいて「おやまあ、珍しい人がきとる」「今日のマイルCSは大荒れ間違いなしや」と攻撃を受けるが、「こんな日に平場なんか使わないで、スーツ着てG1のパドックで馬引っぱらんとアカンやろ」と反撃。記憶力は衰えてもこの口はまだまだ盛んである。バッタリ会った秋山真一郎騎手に「ジョリーダンスに3回乗って2、3、4着。今日の予定は」と声かけたところ「順番的にはやっぱり1着でしょう」とニヤリ。反射的に「5着って可能性もあるけどな」と嫌味なひと言を付け加えてしまったが、この性格はいくら歳を重ねたところで変わらないようである。
検量室付近にいると馴染みの人間が次々に登場するが、レースに無関係な昔話ばかりしていると取材陣の邪魔をするだけ。もと現場記者としては避けるべき行為と考えてその場を去った。次に向かったのはパドックから4コーナー寄りに少し歩いたところにある“オリジナルゼッケン”を販売している特設テント。9文字までのカタカナと1〜99までの数字を申し込めば世界にひとつだけのゼッケンをつくってくれるという。知人に頼まれて出向いたのだがテントの前は人もまばら。一枚3000円は少々高いかと思いつつ販売員の若者に聞いてみると朝から50枚は出ているとか。人気は根強いようだ。私もなにか一枚つくろうとしたが、「現役馬と引退した馬はダメなんです」との説明。本物と偽って販売するケースが考えられるため実在した馬のゼッケンは受け付けないのだろう。諦めかけた私に若者が「皆さん、ひと文字だけ変える手を使ってますよ」とアドバイスしてくれる。
“デイープインパクト”“ウォッカ”といったようにひと工夫すれば問題ないとのことで私なりに“テソポイント”“リードフォーユー”と馬名を微妙に変えてみたものの、どうもしっくりこない。やむなく断念して席を立つと背後で待っていた70歳すぎぐらいの小柄な老人が「兄ちゃん、ワシにニチドウアラシって名前のゼッケンをつくってくれんか」と細かく折り畳んだ千円札を三枚取り出す。この懐かしい馬名は1978年にデビューした栗毛馬(ボールドアンドエイブル×シャトーローズ)のことだ。通算成績は14戦8勝2着4回3着2回。村本善之騎手とのコンビで重賞を4勝しただけでなく、4着以下に落ちたことが一度もない堅駆けが売りのマイラーだった。“昔走ってた馬はダメらしいですよ”と声をかけそうになったが、思い直して口をつぐんだ。背後で私と若者の会話を聞いていたはずの彼が敢えて実在した馬名で申し込んだのはそれなりに意図があるからだと推察したのだが、ひと呼吸置いて「はい判りました。ニ・チ・ド・ウ・ア・ラ・シですね」との返答。若者がその馬名を知らなかったため無事に注文が通ったのである。その瞬間、老人は至福とも思える笑顔を浮かべた。そして、黙って様子を見守っていた私まで嬉しさがこみあげてきた。願いが叶ってよかったね、おじいさん。
今年のマイルチャンピオンSはインを巧みに捌いたブルーメンブラットが優勝、1番人気のスーパーホーネットは終始外を回らされて2着。枠順の内外が明暗を分ける結果となった。この日の馬券作戦は完敗してしまったが、久しぶりにG1レースをライヴ観戦する機会に恵まれて想像以上に愉しい一日を過ごせた。最終レースが終わって競馬場を出る際に件の老人の横顔が浮かんできた。30年もの間記憶に残っているニチドウアラシとは彼にとってどんな存在だったのだろう。そして、10年後、20年後に同じ機会が巡ってくるとしたら、私はどんな馬のゼッケンを希望するのだろうか。そんなことを考えながら歩いているとすぐに淀駅にたどり着いた。
競馬ブック編集局員 村上和巳
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