・アルナスライン ・エアジパング ・ジャガーメイル ・スクリーンヒーロー ・トウショウシロッコ ・ネヴァブション
テレビ画面を見る限りダイワスカーレットが僅かに押し切ったと思えた。しかし、スローで見直すと猛追するウオッカには肉眼では捉え切れない勢いがあった。ゴール前の群集もスタンドに立ち尽くす人々も息を押し殺したまま電光掲示板を睨みつけている。5分が、そして10分が経過しても着順発表はない。放送時間を延長したNHKの中継画面に切り替えると検量室の様子が写し出される。過去に記憶がないほど硬い表情で掲示板を凝視する武豊。落ち着かない様子で動き回る安藤勝己。一瞬は同着という言葉が脳裏をかすめたが、そうなってはほしくない。この天皇賞の舞台で繰り広げられた戦いが素晴らしく、そして凄まじいものだったからこそ、歴史的な名勝負の勝者と敗者を決めなくてはいけない。それがレースであり、それが競馬なのだから。
確定ランプがつき、掲示板に1着14番2着7番の数字が点滅した瞬間、歓声と悲鳴が入り混じった大歓声が湧き起こる。「外枠で終始外を回る形のきついレース。写真判定を待っている間は同着でもいいと思ったくらい。生きた心地がしませんでした。しびれました」この武豊のコメントには今回の天皇賞でダイワスカーレットを負かせなければ雪辱する機会を失うウオッカ陣営の悲壮な想いが集約されていた。一方、「前半から少し力んで走っていたように、いつもの走りではなかった。それでも追い出すと(ゴール前で)もう一回伸びてくれた。自分でレースをつくってこの時計で走るんだから本当に凄い馬」この安藤勝己のコメントは素直な本音だったろう。死力を尽くした戦いに憔悴し切ったふたりが確定直後に握手を交わす姿は実に清々しかった。
1分57秒2のレコード決着となった秋の天皇賞のラップは12.6─11.1─11.5─11.9─11.6─11.6─11.7─11.3─11.3─12.6。過去にダイワスカーレットが勝ったレースは2ハロン目以降のどこかで必ず12秒台のラップを刻んで息を入れつつ、ラスト1ハロンはすべて11秒台でまとめて後続を突き放していた。しかし、今回は久々で前半から掛かり気味に飛ばしたことに加え、ラップを12秒台に落として息を入れたかった3コーナーでトーセンキャプテンにプレッシャーをかけられる厳しい展開。ラスト1ハロンは12秒6を要したが、これは2着に敗れた昨年の有馬記念よりも0秒1遅いラップであり、デビューからの11戦では最も時計がかかった1ハロンだったことになる。そのぶんだけウオッカにつけ入る隙を与える結果になったのだが、それでも僅か2センチ差の写真判定にまで踏ん張り通したダイワスカーレットの能力の高さと勝負根性には驚かされる。
追い切り後に「いままでのなかでは一番いい状態」と武豊が話したようにウオッカ陣営の執念が結実したともいえる完璧な仕上げによってもたらされた勝利は大いに賞賛されるべきだが、同時に常に頂点をめざそうとするダイワスカーレット陣営の姿勢も称えたい。エリザベス女王杯から有馬記念に向かう当初の予定を敢えて変更してまで天皇賞に出走したと聞くが、勝って当然とも思えるエリザベス女王杯を捨てて最高峰のレースに送り出した気概が牝馬2頭の歴史に残る名勝負を生み出したのだ。そしてもう一頭、菊花賞という同世代相手の楽な舞台には向かわず果敢に天皇賞に挑戦したディープスカイ陣営にも拍手を送りたい。直線半ばからダイワを捉えんとダービー馬2頭が馬体を併せて激しく叩き合うシーンには胸が躍った。2400メートルに延びるJCでは本来の奔放なレースで巻き返して欲しい。四位騎手もすでに気持ちを切り替えて対策を練っていることだろう。
時代を代表する有力馬が東京競馬場に集結した最強馬決定戦で牝馬2頭と3歳王者が繰り広げた死闘には言葉を忘れてテレビに釘付けとなった。そして、この日の夜は天皇賞のレース映像を見た。現場を離れてからは競馬に対する想いが少しずつ醒めているのではないかと感じていたが、その感覚はどうやら間違っていたようだ。何度も繰り返して同じ映像を見ているうちに、その昔、引退を決断しかけていたある騎手が巧みな騎乗で久しぶりにG1を勝ち、“これでしばらくは騎手をやめられなくなった”と漏らした言葉を思い出していた。万感を込めつつもあくまで簡潔にまとめたひと言に痺れた記憶が甦る。彼に負けず私もちょっぴり気取った表現でこの原稿を締めくくることにしよう。競馬に出逢ってよかったと思えるレースがまたひとつふえた。
競馬ブック編集局員 村上和巳
◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP