・ウオッカ ・エイジアンウインズ ・ジョリーダンス ・ニシノマナムスメ ・ピンクカメオ ・ブルーメンブラット ・ベッラレイア ・マイネカンナ ・ヤマニンメルベイユ ・ローブデコルテ
15頭の馬がパドックを周回している。降り続く雨に濡れた各馬は毛ヅヤの良し悪しを判別しにくいが、いつも通りに馬体と気合を簡単にチェック。各馬が地下道に姿を消すと先回りしてゴール前に移動。ジーパン&Gシャツに帽子をかぶり肩からは双眼鏡を下げて右手に鞄、左手には傘。相当に怪しい正体不明のオッサンだ。ほどなくダートコースに出走馬が現れて思い思いの返し馬に移る。ビッグレース当日になると周囲は人、人、人でまともに返し馬など見られないが、土曜日の午後で朝から雨のこの日は入場人員もそう多くない。無事に各馬の最終チェックをひと通り終えてから馬券を購入できた。一般席の2階最前列でレースを観戦。周囲から「6、6、6頑張れ!」「佐藤、頭に来い、佐藤、頭や」と熱のこもった声援が飛び交う。私が軸にした馬は終始後方のまま見せ場すらなし。久々のライヴ競馬緒戦は完敗でマイナスのスタートとなった。
気を取り直して臨んだふたレース目のパドックでは1番の馬が気になる。2度、3度と周回する度に食い入るように見ていると左側で馬を引っ張る担当者と視線が合った。な、なんと私が現場記者だった頃によく取材した持ち乗りの○○君ではないか。彼も私に気づいて軽く笑みを浮かべてくる。挨拶代わりなのか奇怪な雰囲気の私に呆れたのかはともかく、ここで視線が合ったのもなにかの縁。6番人気の彼の馬から流し馬券を買ったところ直線半ばから物凄い脚で突っ込んでくる。久しぶりに「△△!△△!」と騎手の名前をシャウト。馬券は一気にプラスに転じて意気揚々と次のレースのパドックへ向かった。う〜ん、やっぱり競馬はライヴが最高だ。
小雨に煙るパドックで次に目に飛び込んできたのも馬ではなく××厩務員。腹がボテッと出た貫禄十分のメタボ体形だが、彼が引いている馬は京都2歳Sでマルカシェンク、ドリームパスポートに次いで3着に入った元実績馬。500万に降級してからも不振続きで8番人気だが、この日の雰囲気は悪くない。現場時代によく冗談を言い合った彼の馬なら応援してやってもいいなと馬券売り場へ向かったところでアクシデント発生。左足のふくらはぎがつった。所謂こむらがえりというやつである。動けなくなってその場に坐り込むこと数分、なかなか痛みが引かない。普段は運動らしい運動をしていない私が競馬場ではしゃぎ回ったために筋肉が悲鳴を上げたようだ。気温が低いのも応えているのかもしれない。10分ほどが経過していくらか痛みがやわらぐのを待って券売機の前に立った瞬間に無常にも締め切りのベルが鳴る。なにやら嫌な予感に襲われた。
1、2着を当てる予想はまず当たらないのに普段から不吉な予感だけはよく当たる私。間に合わなかったメタボ厩務員の担当馬は外からしっかりと伸びて連対。馬連17570円の高配当を演出した。落胆した私はとぼとぼと次のレースのパドックに向かって歩き出したが、建物を出たところで傘がないことに気づいた。相変わらず雨は降り続いている。やむなく、自分が坐っていたあたりの席をうろついてみるが見つからない。茫然自失状態でスタンドに立ち尽くしていると次のレースの出走馬が馬場入り。京都競馬場から家まで京阪電車と地下鉄東西線を乗り継いで四、五十分。傘がないのでタクシーで帰るとすればかなりの金額になる。正直、この出費は痛い。よ〜し、こうなったら馬券で稼いで濡れずに帰ってやると決心。各馬のキャンターを血走った眼で観察した。
それからは同時開催の新潟競馬も含めて3戦3勝。タクシーで帰宅できるだけの金額をゲットしただけでなく、メインレースの前に無人の席の下に転がっている自分の傘をも無事に発見。こうなるともう怖いものはなにもない。図に乗って浮いた金額すべてを京都新聞杯、プリンシパルS、新潟大賞典に突っ込み、3場メイン完全制覇を狙った。ここでやめておけばプラスで帰れるのは判っていても、勢いに身を任せるのが私のスタイルなのだから仕方ない。直後に昼食を摂っていないことに気づいて売店で焼きそばの大盛りを注文。“ビールあります”の貼り紙に心引かれながらもなんとか我慢。初めて見る大型ターフビジョンで各場のレースを見守った。
阪神競馬場で石山繁騎手の落馬を目撃して以降は気持ちが現場から遠ざかり、10年以上も続いていた夏の小倉遠征も突然のインフルエンザ発生で断念。実に久しぶりに開催日の現場へやってきたが、処理すべき用件を早めに済ませてからは誰も知り合いのいない一般席で最後まで過ごした。3場完全制覇の夢は全敗という情けない結末となったが、2年ぶりの京都は実に爽快。間抜けなアクシデント続きで肉体疲労こそ残ったが、競馬場を出る頃には後頭部の鉛を詰め込んだような重苦しさや肩周りの激しい凝りはいつのまにか解消。愉しい気持ちで帰路につけた。やはり競馬場は私にとって素直にリフレッシュできる場所なのかもしれない。
競馬ブック編集局員 村上和巳
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