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「このAという馬の原稿なんですけど、過去の全成績に目を通して通過順位を確認してみたところ、コメントと事実関係とが微妙に食い違っているんです。“いままでに後ろの馬に差されたことは一度もありません”と書いてありますけど、デビューから4戦目の平場で3着に敗れたときに一度だけ後ろの馬に先着されているみたいなんです。この部分、そのまま通してもいいんでしょうか」
金曜日の夕方に校正担当のY嬢から声がかかった。厩舎レポのなかでセールスポイントについて尋ねられたある有力馬の関係者が“追い込み一辺倒の脚質ですが、末脚勝負になればヒケは取りません。デビューからいままでに後ろの馬に差されたことは一度もありません”とコメントしている部分が疑問だというのだ。対象が考課表や特別レースの検討文といった類いの社内原稿の場合ならこちらの判断ですぐに赤字を入れて修正できるのだが、問題になるのが関係者に取材したコメントとなると一方的に手を加えるわけにもいかない。う〜ん、これは厄介なことになったと思いつつも、まずは事実を確認することから作業がスタートした。記者が現場で通過順位を記録する際に似た勝負服の別な馬と見誤った可能性も十分にあるのだから。
数人のスタッフが協力してくれてまずはレース映像のチェック。再生中の画面を一時停止して各馬の位置取りを確認。それを何度か繰り返した結果、結論が出た。このレースで3着だったAは向こう正面では8番手を追走していたが、1着になったBは向こう正面では9番手、つまり僅かながらもAの後ろを追走していたのである。校正担当者が指摘した通り“いままでに後ろの馬に差されたことは一度もありません”とのコメントは事実と食い違っていることが確認できた。細かい部分を見逃さなかったYさんもさすがだ。
事実関係が判ったからといって“いままでに後ろの馬に差されたことは一度しかありませんからね”と勝手に赤字を入れるわけにはいかない。まずは話し手の立場を考えないといけないし、勝手に修正してしまってはニュアンスやその後の文章のつながりまで微妙に変わってしまう。この件に関しては「記事はやはり正確でないと」「見逃すと他のマスコミにも同様のコメントが繰り返し載りそう」「修正可能ならそうすべき」という声が続出。結局は「取材相手に事情を説明してコメント内容を差し替えてもらいましょう」という厩舎担当者の申し出があって一件落着した。“本人がそう思いこんでいるんだから、これはこれでしゃあないんちゃうか”とこの件を放置して楽をしようとしていた情けない人間も一人いた(私)が、周囲から湧き上がった真摯な声には大いに満足した。やはり編集部ってのはこうでなくちゃいけないのである(汗)。
当日版の談話でも「初めてのダートで新味を求めたい」「中2週では実績があるから変わり身を期待」といった類いのコメントがよくある。しかし、成績を調べてみると10走前にダートを使っていたり、中2週では着外ばかりだったり。関係者も人間なのだから勘違いや言い間違いをすることはままある。そんなときに「いやダートは2度目のはずです」とか「この馬が得意なのは中2週じゃなくて3週ですよ」と正確に指摘できなくては厩舎担当はつとまらない。そのために取材班は各馬のローテーションや能力表、調教時計などをファイルしたノートを常に持ち歩いている。勝ち馬推理の基本ともなるコメントやデータ類は正確でなくてはいけない。
ここまで目を通して「間違いはあくまで話し手の責任。そんな細かいことに時間を費やすのは無駄」と考えるファンの方もいらっしゃるかもしれない。しかし、新聞や雑誌に間違ったコメントを載せるのは単に被取材者の記憶違いや言い間違いを公表するだけでなく、そういったことを繰り返すと競馬そのものに対する信頼を失墜させる原因となる可能性だってあるのだ。だからこそ現場取材陣はもちろんのこと、校正担当者の頑張りも必要不可欠となってくるのである。チョンボが多くそそっかしいことで社内では知らぬ人間のいない私だが、これからは誤字や脱字を少しは減らすように努力するから、今後もよろしくお願いしますね、皆さん。
競馬ブック編集局員 村上和巳
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