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『Raindrops are falling on my head ♪ and just like the guy whose feet are too big for his bed ♪ nothing seems to fit those ♪ raindrops are falling on my head ……♪』
雨が降り出すとデパートでは傘立てを用意したり来館した客が雨に濡れていないかチェックしたりするため、降りはじめたことを従業員に伝える必要がある。かといって、そんな時に「皆さん雨になりました」と放送するのはあまりにも野暮。そこで雨にちなんだ音楽を流すことで外の状況を内部に伝えることが多い。日本語の歌ではあまりに直接的すぎるためにBGMで館内に英語の歌を流すケースが一般的。雨にまつわる歌といえば“雨に歌えば”や“悲しき雨音”といった懐かしの名曲が浮かんでくるが、私が年に数回顔を出すデパートでは雨が降るたびにいつも流れるのが上記の“雨にぬれても”である。映画「明日に向かって撃て」の主題歌でアカデミー作曲賞を受賞したこの曲(BJトーマス、日本では1970年にヒット)が好きな私は館内にこのメロディーが流れると傘を持っていないのも忘れていつもスキップを繰り返してしまう。
梅雨の季節でもないのにこんな話を書きはじめたのは19日が雨だったから。通勤途中で雨に降られて傘をさしながら歩いていると、昔の競馬シーンが甦ってきた。その昔、シルバーランドという馬がいた。道悪では完敗ばかりを繰り返し、雨が体に当たるだけで走る気を失くすといわれていたこの馬と最後にコンビを組んだのが福永洋一騎手。オープン、京都記念(秋)、京阪杯とすべてが重馬場だったにもかかわらず、結果は1、2、1着。鮮やかな手綱さばきで苦手の道悪を克服させた。それまでこの馬に跨っていたのは現在メイショウサムソンを管理している高橋成忠調教師。現役時代は豪腕として一時代を築いた名騎手だが、にもかかわらず一旦雨が降ろうものならまったく動けなかったシルバーランド。そんな馬を完璧に御した福永洋一騎手はまさに天才だった。
「シルバーランドに乗ったときの記憶?それがどうしたんや。道悪を克服させられた技術はなにかって?そんなことが判ってたらこっちが教えて欲しい。天気に文句を言って雨がやむわけやないし、それよりも馬をノビノビと自由に走らせることが大事やないかな。そうやな、俺がやったことといえば、道悪になったからってなにも心配はせんでいい。大丈夫だぞって馬に声をかけたぐらいや(笑)」
競馬記者になって間もない頃に福永洋一騎手と話す機会があった。相手は華やかなトップジョッキーで私はまったくの駆け出し。全身が緊張の塊になりながらおそるおそる質問してみたところ、冗談なのか本音なのかまるで見当もつかないような言葉が返ってきた。いまなら切り返して再度質問攻勢に転じることもできるのだが、当時の私にそんな余裕があるわけもない。天下の洋一さんと一瞬でも会話ができたことだけで有頂天になってその場は切り上げた。次の機会にでも改めて話を聞ければいいと思ったのだが……。
19日の夜、久しぶりにシルバーランドの全成績を本棚の奥から引っ張り出した。日本馬として2000メートルで初めて2分の壁を破った1973年の愛知杯。舞台が小回りの中京だったにもかかわらず、2着馬を5馬身突き放したその瞬発力には度肝を抜かれたものだった。76年のCBC賞でも桁違いのスピードを見せつけてレコード勝ち。ゴールを風のように駆け抜ける白い馬体に夢中になるファンも多かった。全成績にひと通り目を通したあとで思いついてBJトーマスの“雨にぬれても”を何度か聴いた。歌詞の最後の部分を頭のなかで反復させながらふと考えた。ひょっとしたら洋一さんもこの曲が好きだったのかもしれない。
『I'm never gonna stop the rain by complaining because I'm free nothing's worrying me』
競馬ブック編集局員 村上和巳