・アルコセニョーラ ・ウオッカ ・ザレマ ・ダイワスカーレット ・タガノプルミエール ・ピンクカメオ ・ベッラレイア ・ラブカーナ ・レインダンス ・ローブデコルテ
10月1日、月曜日。久しぶりに飲み会をした。出席者はトレセン関係者も含めた気の許せる仲間5名と、その仲間のなかでは最年少のA君の彼女。つまり、私を加えた7名がひとつのテーブルを囲んだ。最近はそれぞれが多忙になって年に一、二回程度しか会えないことが多いが、いざ集まると飲んで喋って食べてと時間の経過を忘れる。宴会といえばいつでもどこでも仕切り役を務めている私。この場では最年長(同い年がひとり)でもあって当然のように仕切りにかかったところ、冒頭にその彼女からシャープなカウンターパンチが飛んできた。
「初めまして、私、いつもネットの原稿を読ませていただいています。前々から不思議に思っていたのでお聞きしたいんですけど、普通の人間にはまず起こらないような事件が村上さんの周りでは次々と続いてますよね。どうしてあんなふうにいろんなことが起こるんでしょうか?」
唐突に追及されて返答に窮した。多少の誇張や脚色はあるにせよ、基本的にこの原稿はノンフィクション。“普通の人間にはまず起こらない事件”と言われても現実に私の周囲で起こっていることばかりで、“どうしてあんなふうに”と問われて答えられるわけもない。普段なら思いつくままに語って相手を煙に巻くところだが、尋ねてきたのが二十代のチャーミングな女性。いつもお叱りメールばかりが届くこのコラムの愛読者のなかにこのような女性がいることさえ信じられなければ、そんな相手とグラスを傾けながら会話するなんておそらく今回が最初で最後。千載一遇の機会と鼻の下を長〜くして会話に熱中。場を仕切るのを完全に忘れていた。
「常識のある方は目的意識を持って集中した隙のない日常を過ごしていますよね。その点、私は常になりゆき任せで計画性のかけらもない人生。そんな無警戒で隙だらけの日常だからこそ、考えられない出来事が周囲で頻繁に起きるのかもしれません。とはいっても、出来事の大半は私の判断ミスや勘違いが引き起こした間抜けなものばかり。呆れることはあっても感心するようなことはなにひとつありません。そんなことより、そろそろ話題を変えてみませんか。テーマはあなたの彼A君の長所と短所について。分析力には自信がありますよ」
ギネス数杯ですぐに仕上がった私は馬乗りが生業のA君の性格分析からスタート。「長所は優しくて思慮深いところ。その裏返しでもあるけど、短所を挙げるなら優柔不断で欲がないところ。デビューした頃は……」などと聞かれてもいないのにマシンガントークを炸裂。完全な無神経中年酔っ払いオヤジになっていた。若いカップルにとってこれほど鬱陶しい雰囲気はないはずなのに笑顔を絶やさず話に聞き入り、幾度となく私への気遣いを見せてくれた彼女。出すぎず引きすぎずのその態度には好感を抱いた。一方のA君の方は“彼女を連れてくると決めた時点で覚悟はしてたけど、あることないこと、ほんとうによく喋るよな、このオッサン”と思っているのは表情で理解できたが、最後まで我慢に我慢を重ねて会話に付き合ってくれた。
「ご一緒させていただいて、少し舞い上がっていました。失礼はなかったでしょうか……。突然お邪魔して申し訳ないと思いつつ、個性豊かな皆さんのお話と空気をすっかり楽しみきってしまいました。またぜひお話を聞かせてください。今後とも、A共々よろしくお願いいたします」
宴会の最中に「なにがつらいかというと落馬したとき。もうパニックになります。奥さんでも親族でもないので怪我がどの程度なのかの問い合わせもできません」と話していた彼女。騎手という職業の大変さを再認識しつつ「なにかあればいつでも連絡ください。ある程度の情報はつかめますから」と電話番号とメルアドを伝えたところ、翌日になって上記のメールをいただいた。その落ち着いた文面には改めて感じ入った。その後のA君はというと、気の悪い馬やハミを取らない馬と連日格闘しながらも自身の年間最多勝更新をめざして頑張っている。なによりも怪我には十分に気をつけて。そして、ふたり仲良くやれよ。まずは有り得ないだろうが、万が一、酔っ払い中年のマシンガントークが聞きたくなることがあったらいつでも電話しておいで。
競馬ブック編集局員 村上和巳