・イクスキューズ ・クランエンブレム ・ハイソサエティー ・フェザーケープ
・アグネスラズベリ ・アドマイヤホクト ・アンバージャック ・コスモシンドラー ・サープラスシンガー ・ビーナスライン ・ブラックバースピン
週末(金、土)の午後になると、我が編集局には厩舎関係者が次々と姿を現す。翌日の新聞を入手するのが目的で、手渡すと軽く礼を言いつつ「おっ、人気しとるな」とか「具合だけは保証つきやで」といったひと言を置き土産に去っていく彼ら。気になる馬を使っている関係者がくると追いかけて感触を取材するスタッフもいて週末の編集局はいわば“臨時取材ルーム”にもなる。引退した谷八郎元調教師、田島日出雄騎手といったオールドファンには懐かしい人物もレギュラーとして毎週登場している。
「誰にも言ってへんけど、明日の○レースに使ってるウチの馬、黙って買うときや。稽古通りならまず勝ち負け。新聞の印がこれぐらいなら馬券代も小銭で十分。きっとええ小遣いになるで」
これは馴染みの調教助手A君。新聞を取りにきて「ちょっと用事が」と私を外へ呼び出し、誰もいないところで囁いてくれた言葉だ。こういった場合の常套句が“誰にも言ってへんけど”であり“黙って買うときや”なのだ。たしかに“みんなに話してあるけど”では言葉に重みがなく、“他人にも教えて一緒に馬券を買いや”ではいまイチ緊迫感がない。この類の情報は秘匿性があればあるほど刺戟的なのだ。この日はA君が囁いてくれた馬を馬券でどう買うか夜遅くまで新聞と睨めっこした。しかし、翌日に出社するとその馬は、な、な、なんと出走を取り消していた。少々拍子抜けしたが、生身の競走馬に関わっているとこういったアクシデントは日常茶飯事。捻挫が原因とのことだったが、早く元気を取り戻して欲しい。
厩舎取材を担当していた頃には調教師、騎手、調教助手、厩務員、JRA職員、放送関係者といった方々と電話番号を交換。最盛期には私の携帯電話に700件ほどの番号が登録されていた。現場を離れて5年半が経過し、疎遠になった方、現役を引退された方の番号を徐々に削除したことで現在の登録数は500件ほどになっているが、これだけ数があるといまでも検索するだけで時間と労力を要する。
「どうもごぶさた、調教師のBです。さっき牧場の方にお邪魔したんですが、留守のようだったので、こうして電話しました。誰かと間違ってるんじゃないかって?あれ、村上牧場さんの携帯じゃないの……。ああブックの村上さんだった。こりゃまた失礼いたしました(笑)。ところで久しぶりだけど、元気にしてるの」
騎手としても調教師としてもビッグレースを勝っていて普段から存在感のある彼。屈託のない明るさが売りで表裏のない人物ながら、そそっかしさという点では私と同種の人間のようだ。今後、人気薄の管理馬で勝てると踏んだときには、いつでも電話をかけていただいて構いません。間違い電話も歓迎ですからねBさん。
先日、岩元市三厩舎で調教助手をしていた武田悟さんが他界したと聞いた。トレセンで軽く挨拶を交わした際に“随分痩せたな”と感じたのはいつ頃のことだったか。この人には2004年秋のこのコラム“情報”で登場していただいた。初出走の地味な牝馬を「黙って狙ってみ。いまの未勝利やったら、初出走でも楽勝するワ」とアドバイスしてくれたのが強烈な思い出として残っている。どちらかというと寡黙で職人肌。とっつきにくい印象もあったが、気持ちが通じ合えば内面の暖かさがジンワリと伝わってくる。そんな雰囲気の人物だった。騎手として、そして調教助手としてたくさんの馬を手がけた悟さん。長い間ご苦労さまでした。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP