・エアシェイディ ・エイシンドーバー ・オレハマッテルゼ ・キストゥヘヴン ・コンゴウリキシオー ・サクラメガワンダー ・シンボリエスケープ ・スズカフェニックス ・ダイワメジャー ・マイネルスケルツィ
6週連続のG1開催も終盤にさしかかっている。この原稿を書いている26日夜の段階ではまだダービーの結果は判らないが、新聞やネット上には競馬関係者の様々なコメントが紹介されている。「勝って凱旋門賞へ。ディープインパクトの敵をとる」(フサイチホウオー陣営)、「勝算があればこそのダービー挑戦。話題づくりが目的ではない」(ウオッカ陣営)、「普通に力さえ出し切れば結果はついてくるだろう」(アドマイヤオーラ陣営)といったふうにそれぞれが熱い胸の内を吐露している。年に一度のダービーであり、馬自身にとっては生涯の最大目標でもあるレースなのだから、この時期ばかりは少々過熱した発言も抵抗なく受け入れられる。
コメントの内容にはその話し手の人間性が映し出されており、その人となりを知るにつれて建て前か本音か、そしておとぼけかの種類が判別できるようになってくる。こうなって初めて、現場取材者として一人前になるのである。私がトレセンを走り回っていた頃にも様々な人種がいた。
その昔、通りすがりの取材記者を呼び込んでラッパを吹きまくっていたのが昨年秋に競馬の仕事から足を洗った持ち乗りの立本頼一調教助手。「兄ちゃん、兄ちゃん、ちょっと寄ってきな。今週使うワシの馬、ごっつ良うなってる。穴やで、穴。見てみいな、この毛ヅヤ、この張り。成績地味やけど今度は走りよるで」とまあこんな具合に。彼の愛すべき人柄を熟知している我々は「あっ、立本、また遊んでる」と笑うが、初対面の人間やキャリアの浅い記者などは当然ながら彼の餌食になってしまう。新聞紙面の予想でしっかり印を打って彼の馬からの流し馬券まで買う破目となる。翌週にその記者が彼の馬の敗因を取材にきても「やっぱり馬ってのは難しいワ。また今度、具合のいいとき教えたるから、懲りずに取材にきいや」と煙に巻く。彼自身に決して悪気はなく、愛馬に注目して欲しい、取材されたいとの一念で通りがかりの人間に声をかけていたのだ。
この立本君がソフト派コメンテイターの代表なら、ハード派代表は浜田光正厩舎の樺沢司厩務員。見るからに硬派の風貌で気楽に声をかけられないが、打ち解けてみるとなかなか楽しい人物だ。私が記憶する限り取材者に対する彼のスタンスはふた通りある。“新聞屋の取材にいちいち応じるほど暇じゃないぞ”と威嚇オーラを漂わせる場合と“よく馬を見てるじゃないか。それだけ真剣に取材してるんなら、しょうがないから答えてやろう”と歩み寄るパターン。どちらも凄みをきかせつつ男臭く迫るのだが、そんな彼も時として脱線する。「相手があんまり気持ち良くヨイショしてくれるから、苦戦を覚悟してたのについつい勢いで“黙って単勝買っときな”って言っちまった。俺も罪な男だよな(笑)」といった風に。しかし。被取材者としての立場を考えると、流れや勢いで本心とは違った言葉を吐いてしまう気持ちも判る。ちなみに、この樺沢厩務員は1995年にビワハイジでG1の阪神3歳牝馬Sを勝っている腕達者。単なるラッパ吹きではないことも付け加えておこう。
ここまでは強気な人物を取り上げたが、最後にこれぞ弱気の代表と思える人物を紹介する。私が境直行厩舎担当だった頃に悩まされたのが六反田志郎厩務員。初対面のときは普通に接してくれたが、顔見知りになって担当馬のことをあれこれ取材するようになった途端に態度一変。その口癖は「アカン、アカン」。朝会って私が「六反田さんおはよう」と声をかけると返事はなんと「アカン、アカン」。午後運動の際にすれ違って「今朝の動きどうでした?」と聞いても「アカン、アカン」。柔らかい物腰でいつも笑顔を浮かべているにもかかわらず、発する言葉はとことん弱気なのだ。私が嫌われているのかと悩んだ時期もあったが、ある朝、他社の取材記者が「ロクさんおはよう」と声をかけている場面に遭遇。思わず反応に注目したところ、返事はすっかり聞きなれた「アカン、アカン」。取材が苦手なシャイな人物だと結論づけたことで私の気持ちは少し楽になった。
今年のダービーはヒラボクロイヤルに注目している。この馬の担当者が現在は大久保龍志厩舎に所属している六反田さん。担当の弊社足立雅樹記者に最近の様子を尋ねてみると「ソフトな感じでとても仕事熱心。いい感じの厩務員さんですよ。えっ、“アカン、アカン”が口癖じゃないかって?そんな言葉、僕は聞いたことがありませんよ」が返答だった。この原稿がアップされる頃にはもうダービーの結果が出ている。ヒラボクロイヤルが好走したら六反田さんに会いにトレセンへ行こうと思っている。「頑張ったね、ロクさん」と声をかけたときに彼からどんな言葉が返ってくるのか密かに楽しみにしている私である。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP