・カタマチボタン ・ザレマ ・ダイワスカーレット ・ハロースピード ・ピンクカメオ ・ベッラレイア ・ミルクトーレル ・ミンティエアー ・ラブカーナ ・ローブデコルテ
仕事帰りのある夕方。普段通りICOCA片手にJR手原駅の改札を通り抜けようとしたところ、入り口で外国人と駅員とが必死で会話している。双方が焦りまくっている光景は失礼ながらなんとも奇妙でおかしい。
「7時モリヤマ、7時ニ守山イキタイデス。ナントカシテクダサイ」(金髪の白人男性) 「え〜と乗り換えです、乗り換え。判りますか。草津で乗り換えて…」(改札の女性駅員)
察するに7時までにJR守山駅に行くべきところを乗り間違って手原駅に着いた外国人が駅員に相談している場面のようだ。一旦は黙ってその場を通り過ぎたが、改札口から離れたホームにいても噛み合わない会話が延々と聞こえてくる。電車がくる時間帯は刻々と近付いており、気がつけば改札まで引き返していた物好きな私。人類愛に燃えているわけでも英語が堪能なわけでもないが、関西弁でいう“いちびり”の血が騒いだのである。
「間もなく次の電車がくるから、私がこの人を守山行きの電車に乗せましょう」(村上) 「お客様、そうしていただけると大変助かります。ありがとうございます」(駅員)
さっさと話をつけると、私と駅員の顔を見比べて様子を窺っている彼を誘ってホームへと向かう。いまや競馬も国際交流が盛んな時代。これぐらいの行動が実践できなくては国際派(?)とはとても言えないのだ。
「はい、Come with me!」 「ドウゾ、ヨロシクオ願イシマス」 「な〜んだ、日本語できるやんか」 「ハイ、ワタシ英会話教室ノ社長シテマス」 「はい、はい。社長だか盲腸だか知らんけど、時間ないから急いで、急いで、Hurry up!」 「ホント、ホント社長デス。信ジテクダサイ。コレガ身分証明書、ワタシDトイウ名前デス」 「よっしゃD。草津まで一緒に行くから、そこから守山行きの5、6番ホームへ移動。判る?」 「5、6番ホームデスネ。ダイジョウブ、大丈夫、ワカリマス」 「乗り換えるのにあまり時間がないから、草津で降りたらダッシュ、ランニング、Step on it!」 「ハイ、走リマス、急ギマス。任セテクダサイ」
ここまで話して打ち合わせは一応完了。すぐに草津行きの電車が到着してふたりでそれに乗り込む。するとDがモジモジした様子で私に話しかけてくる。私の胸のポケットにある携帯電話を貸して欲しいというのだ。約束時間に遅れそうなので連絡を入れて状況を説明したいらしい。
「電車ノ中デ電話スルノハイケナイデスカ?生徒待ッテル。遅レルト教室ニ連絡シタイ」 「基本的にはダメ。緊急事態だったらまあ仕方ないケースもあるけど」 「緊急事態デス。ワタシ、トテモ困ッテマス」 「しょうがないな、人の少ないドア側で周囲に迷惑がかからないように静かに電話しな」
普段は携帯電話を使わないという彼。白人男性にしてはそう上背はないが、顔の造作が大きく指も太くてゴツい。ひとつのボタンを押そうとすると同時に周囲のボタンまでまとめて押してしまい何度トライしても操作不能。日本人用の私の携帯電話は彼には小さすぎるのだ。哀願する彼の瞳に負けて不本意ながら代わりに英語教室に電話すると話し中。すると「ワタシノ奥サンナラ連絡ツキマス」とD。仕方なく夫人に電話を入れると今度は留守番電話。落ち込む彼と巻き込まれて頭痛がしてきた私。最終的には「もうすぐ草津に着くから私が教室に電話を入れる。あなたは急いで守山に行けばそれでOK」と慰めつつ相手を納得させた。
草津に着くと私に礼を言うや否や1ハロン10秒台の猛スピードで乗り換えホームに突っ走ったD。その進路方向を確認した上で英語教室に電話。約束通り事情を説明すると「ところで貴方はどなたですか?」の声。「単なる通りすがりです」と答えて電話を切ると、今度はD夫人から電話が。事情説明を終えたところ、またしても「ところで貴方は?」の問い。「物好きな行きずりの者です」と答えて騒動はなんとか区切りがついた。
帰宅してグラスを傾けつつ1日を振り返って思い出したことがひとつ。別れ際に「アナタニオ礼シタイ。オ金イリマスカ?」と財布を広げたD。「お金のお礼は日本ではダメ。相手に失礼だから」と伝えて財布をしまわせた私。あの態度は感心しないなとボヤいていたところ、それに対する家人の反応がなんともキツかった。
「感謝の気持ちをどう表現するかは相手次第の部分もあると思うな。その外国人Dが相手の人相風体を観察した上でお礼はお金がいいと判断したとしたなら、それは彼だけでなく貴方の方にも責任がありそう。貴方自身が醸し出している雰囲気が彼をそう決断させた可能性もある訳だから」
たしかに、最近は電車に乗って二人掛けの席に坐っていても余程混み合わなければ隣席に他の乗客が坐ることはない。時には四人掛けの向かい合わせの座席に延々とひとりで坐っていることだってある。私が周囲からは浮いた存在になっているのは事実のようだ。しかも、馬券作戦が絶不調なために貧乏が顔や立ち居振る舞いに出ている可能性を否定できない。そうこう考えていると自分自身が情けなく思えてきた。
よ〜し、オークスはベッラレイア1着固定の3連単で勝負だ。馬券を仕留めて身も心も懐もリッチになってやる。そうなったら立派な国際人をめざして英会話教室へ入学するから待ってろよ、D。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP