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個人的な印象ながら、菊花賞週は史上最多忙の週末だった。菊花賞用の土日の当日版と増刊号を作りながら、なおかつ翌週発行号の週刊競馬ブックで天皇賞特集を組む。この作業に想像以上に手間取った。
水曜日に「マルカシェンクは距離適性、レース間隔を考えて天皇賞に行きたいようです。でも優先順位は19番目、つまり次点。ディープインパクトが回避すれば滑り込みで出られますが、現時点では未定。菊花賞の最終登録は明日(木曜日)の午後。それまでにディープがやめなければ、やむなく菊花賞に登録することになるでしょう」と瀬戸口厩舎担当の井上政行が報告してきた。つまり、天皇賞予定馬のなかから回避馬が出ればマルカシェンクが天皇賞に回る。そうなると、菊花賞に出走意思のある獲得賞金1400万円の組4頭がすべて出走できるのだが、マルカシェンクが菊花賞に回ると抽選で1400万組のうちの1頭が除外される。実にややこしい状況だった。
菊花賞増刊号には有力馬の追い切り写真を掲載して詳しい調教解説を加えており、他にも厩舎レポ等様々な特集記事がある。各馬の動向次第で有力馬の選定、各紙面の割り付けは大きく変わる。それだけにあらゆるケースを想定しての写真や原稿が必要となる。バタつきながらも各部署の協力を得てなんとか準備が整った。そして、木曜日の午後に菊花賞の最終出馬が発表され、そこにはマルカシェンクの名があった。1週待っても天皇賞に出られる保証がないため、やむなく菊出走に踏み切ったのだ。1400万組のなかから回避する馬が出たこともあってスムーズに増刊号が完成。ひと区切りついた。
さあ次は週刊誌の天皇賞特集記事の作成をと気持ちを切り替えた同じ木曜日の夕方、JRAからとんでもない発表があった。その内容は凱旋門賞に出走したディープインパクトの検体(尿)から禁止薬物が検出されたというもの。国内での出走に関してこの件は一切影響しないと判っていても、そこからなかなか仕事がはかどらない。競馬ブックとしてはディープの出否を未定としつつ、出走を前提に紙面作りを進めていた。天皇賞の検討文、東西スタッフ予想、厩舎レポ、血統アカデミー、フォトパドックとあらゆる記事にディープの動向が関わる。万が一、日曜日の夕方にでも出走回避の発表があれば誌面の大半を作り直すことが必要となり、大きなダメージを受ける。どう対応するのがベストなのか決断しきれないまま夜になった。
アクシデントは重なるもの。金曜日になって急きょ週刊競馬ブック“一筆啓上”欄の原稿を担当することになった。通常業務優先は当然のことだけに書き上げるのは土曜日の夜しかない。この時間帯は酒を飲みながらヘラヘラと編集員通信を書くのが常だが、こうなったら編集員通信を休みにしてでも日曜日の朝までに一筆啓上を書き上げなくてはいけない。そう考えると眩暈がした。
土曜日。週刊競馬ブックの天皇賞特集は、ディープインパクトが出走、出否未定、回避、の三種類の記事を用意。かなりの労力を費やしつつも万全の態勢が整えられた。慌しく帰宅してパソコンに向かったこの日の夜、名古屋在住の友人から電話が入った。今回の薬物事件について息子から質問され、それなりに答えたつもりだが納得しない。それで私に助けを求めてきたというのが事の次第だった。息子のY君は中学2年生ながら、幼稚園時代から父親に連れられて競馬場に通っていたという筋金入り(?)競馬ファンである。
「ディープから禁止薬物が出たということですが、スタッフが使ったとしたら、なんの目的だったんでしょう。禁止薬物ってのは、いろいろ害があるから使ってはいけないものなんでしょ?なのに検査に出なければ使ってもいいという決まりがおかしくありませんか。それと、薬物を使ってレースで実績を残した馬がお父さん(種牡馬)になった場合、子供たちにどこまでその血が受け継がれるのでしょうか」
デリケートな問題なのに加えて質問者が中学生でもあり、返事には気を遣った。事実関係が明らかになっていない段階での推論でしかないと前置きしつつ私なりの見解をY君に伝え、それなりに納得してもらった。そして、明け方までかかった一筆啓上は“国際統一ルールの作成を”と題して“不幸な出来事のために歴史的な名馬がいわれもないままに名誉を剥奪される。今後も起こり得るそんな悲劇を繰り返さないためにも”と結ぶ型通りの内容となった。この一筆啓上を作成するにあたって数人の競馬関係者に電話取材をさせていただいたが、そのなかの一人が「競馬サークルでは医療以外の目的で薬物に対する依存度が高まっている。薬物使用が日常的になりつつある現在の状況がいちばんの問題」と話していたのは気になった。この言葉が現実だとするなら、今回の件を契機にして競馬サークル全体が薬物使用に関して改めて考えるべきではないだろうか。
そして、日曜日の夕方。ディープインパクト陣営から天皇賞を回避するとの発表があったが、用意していた原稿に差し替えるだけで天皇賞特集の処理が終了。大事には至らなかった。ふと考えてみると、この週末は金土日と一度も当日版(土日の競馬新聞)に目を通さないままに過ぎた。競馬をはじめて約35年になるが、こんなことはまったくの初体験だった。週末が忙しいのは職業柄仕方ないが、二度と今回のような陰鬱な気分で土日を過ごしたくない。
競馬ブック編集局員 村上和巳 ◆競馬道Onlineからのお知らせ◆ このコラムが本になりました。 「トレセン発 馬も泣くほど、イイ話」⇒東邦出版HP