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「今年はこれまでにないペースで勝ってる。夏の函館、札幌の4開催ではそれぞれ10勝以上が目標。札幌が終わって関西に帰ってくるときには100勝を突破してるはずだから、まあ秋を待っててよ」
ダービーウィークの水曜朝。トレセンの調教スタンド一階で伸二(藤田騎手)と顔を合わせた。そのときに出てきたのが上記の台詞である。あれから4カ月が経過した。デビューから通算1000勝を達成して約束どおり札幌開催中に年間100勝をクリアした伸二が、いよいよ関西に帰ってくる。G1シリーズには欠かせない騎手のひとりでもある彼の姿を地元で見られるのは嬉しい。
新人騎手としてデビューしたのはもう10年以上も前になる。人なつっこくて明るく、いつも前向きで頑固。そんな伸二を赤帽の頃から知っている。その激しい気性ゆえに誤解されることも多く、ここまでの騎手人生で人間関係のトラブルも少なくはなかった。検量室で騎手仲間と胸倉をつかみ合って激しくやり合う姿や、意見の食い違いで「もう藤田は乗せん」と激高する調教師の姿を見たのも、一度や二度のことではない。「もっと大人になって物事に柔軟に対応しないと」とアドバイスしたことも何度かあったが、あくまでマイペースを貫いた伸二。正直すぎる人生だが、自分を偽らないその真っ直ぐな生き様はいかにも彼らしい。
そんな伸二がこだわりつづけているのは勝負に勝つことだけではない。というよりも、騎手として生きるからには勝つこと以上に大切なものがあるということを、彼はきちんと認識している。それは“フェアプレー”の精神を守りつづけていることだ。JRAでは年間30勝以上の勝ち星を挙げていてなおかつ年間の制裁が10点以下の騎手に対して“フェアプレー賞”を与えているが、伸二は平成9年以降、毎年この賞を受賞している。強靭な精神力と卓越した騎乗技術を持ち合わせていないことにはできない芸当である。
今年1月から全競馬場の制裁を調べてみたところ、東西の上位騎手たちで、10月2日終了時点で制裁0点はひとりだけ。それが伸二なのはいうまでもない。JRA史上で年間制裁ゼロを達成して特別模範騎手賞の栄誉に輝いたのは平成5年の柴田政人と平成9年の河内洋(どちらも現在は調教師)だけ。つまり彼は現役騎手では誰ひとり達成していない素晴らしい記録に挑戦しているのだ。常に勝ち星にこだわり、1頭、1頭に全力投球を惜しまず、同時に騎乗馬を真っ直ぐ走らせることに全神経を集中しつづける伸二。フェアプレーの精神はスポーツの原点であると同時に、競馬という競技の安全性を保つという意味でも必要不可欠である。
例によって10月2日(土曜日)の夜にこの原稿を書き終えたが、日曜日の朝一番に“札幌1レースで藤田が落馬”のニュースが飛び込んできた。すぐに現地取材班に電話したところ「返し馬で落馬してラチに接触。鎖骨骨折の疑いあり」とのことだった。この号がアップする頃には正確な診断結果が発表されているだろうが、なんとか軽傷であって欲しいと心から願う。制裁ゼロへの伸二の挑戦は年間を通してこそ価値があるのだから。
※藤田騎手は右鎖骨々折、全治1カ月と診断されました。一日も早い回復を待ちたいところです(編集部注)。
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競馬ブック編集局員 村上和巳
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