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編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
ロンゲ助手の思い出






 

◆“ロンゲ助手の思い出”

  「伸一が騎手としてデビューしたのは1979年の3月3日。もう25年も前のことになる。レースがはじまる前から1勝をプレゼントされたも同然のアラブの強豪ミサキシンボルに跨り、外々を回ってあっさりと抜け出した。初騎乗初勝ちをやってのけたのだった。偉大な騎手・栗田勝を父に持つ伸一は関係者の期待に見事に応えたのである。しかし、レースを終えて検量室に引き上げてきたときの彼は殊更はしゃいでいるふうもなく、少々はにかんだ笑みを浮かべていただけ。奇妙なほど冷静な新人だった。そんな勝負の世界に似つかわしくない伸一の初勝利の瞬間はおぼろげな記憶として残っている。

 騎手を引退したのは2001年の12月20日。その1年ほど前からそれらしいことを口にしていたが、言わずとも本人が引退する気なのは見る側に伝わっていた。他人を弾き飛ばしてでもレースに勝とうとするわけでなく、口達者に営業して騎乗馬を集めたりすることもない。ただ乗れる馬にマイペースで乗るだけだった約22年9カ月の騎手生活。勝った重賞がサンシードールの大阪杯(1981年)だけなら通算勝ち星も216勝と地味だったが、取材を通じて知った飾ることのないその人間性にはずっと親しみを覚えていた。


 「なんでそんなに髪伸ばしたん?もうええ歳やのに」
 これはある時期に伸一が私に向けてきた台詞。中年になった私がある決心をして長髪にした時期があり、束ねた髪が背中まで伸びた頃にぶつけてきた質問だった。競馬サークルといえばどちらかというと封建的な体質であり、体育会系的な部分も少なくない。そんな環境で中年の現場記者がロンゲになったことに興味を抱いたようだ。
 「みっともないやら情けないやらで本当の理由は言えんが、まあ自分の弱点をカバーする手段のひとつ。調教師に髪を引っ張られたり厩務員におちょくられたりしてばかりでろくなことがないけど、もう少し頑張ってみるつもり。案外似合ってないか?」


 数年後、現役を引退した伸一は束ねた髪が腰まで届くロンゲ調教助手に変身した。その様子を見た私は「なんでそんなに髪伸ばした?もう若くもないのに」と当然のように質問をぶつけた。
 「まあ、村上さんとは少々理由がちゃうけどな。型にはまらず自分の意思でやりたいことをやるんも、時として必要やろという気持ちもあって‥‥。伸ばす前にイメージしてたよりも似合ってるんやないかと思うんやけど。どうやろ?」

 あくまでマイペースを貫き続けた栗田伸一の人生。それはそれで彼らしいと思いつつ見守ってきた。当人にすれば心残りの部分があったかもしれないが、それは過去を振り返ったときに誰しもが抱く気持ちでもある。できれば玄人はだしといわれる包丁さばきを一度は見てみたかった。もっと馬についても話したかった。26日の午後にJRAから訃報が届いたが、45歳での死はあまりに早すぎる。


競馬ブック編集局員 村上和巳


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