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ある朝起きたら鼻が赤くなっていた。だからといって突然トナカイに変身したわけではない。鼻とはいっても先ではなくて付け根の部分、つまり両眼にはさまれた上の2センチほどが真っ赤になってブヨブヨに腫れたのだ。顔で勝負するイケメン中年でもないので気にせずにいたら、翌日には化膿してジュクジュク状態。いつもなら構わず放置するのだが、目のそばなのが気になってやむなく医者へ。塗り薬と飲み薬をもらったが、「かぶれたようですが、原因は不明。まあ、考えられるとしたらなにかのたたりかもしれませんね」と笑う妖しげな医者の寒いジョークで診察が終了した。
20年ほど前の中京競馬場。払い戻し窓口に並んでいた私の足元に一枚の馬券が。拾ってみるとこれが的中馬券なのだ。二度三度と確かめてみても間違いない。窓口で「落ちてましたよ」というつもりでその馬券を握り締めたのに、順番がくると「二枚お願いします」の言葉が勝手に口をつく。拾った馬券の払い戻し金額はそれなりにあって、受け取るまでの数十秒間が異常に長く感じられ、心臓の鼓動が激しくなる。現金を受け取ってその場を離れるや否や、猛ダッシュで姿を消した私。小心者の行為そのものだが、ここまでの人生であんなに俊敏に動けたのは、あとにも先にもあのときだけ。
15年ほど前の札幌競馬場。「それ、タカ坊(現在の某調教師)しっかり追え!」と机をたたきつつ応援。「よっしゃ、交わせ!」と歓喜の声を上げた途端に記者席の備品がバリッと音を立てて壊れてしまった。本来なら器物破損行為だが、「老朽化してヒビでも入ってたんでしょうかね」と他人事を装い、駆けつけたJRA広報室の人間の追求をなんとか煙に巻いていた。
これも随分昔のとある競馬場。レース後のインタビューを終えて記者席に帰る途中の私に「メインの○○の相手はどれですかね?」と、いかつい風貌の中年男性が声をかけてきた。バリッとしたスーツ姿だが、髪はパンチパーマなら眼光はあくまで鋭い。ためらいつつも条件反射で「おそらくAでしょう」と答えたが、知人から馬券の相談を受けることに慣れすぎていた私は、初対面の相手でも気軽に返事をする軽率さが身についていた。メインレースに出走したAは直線で詰まる致命的な不利があって、写真判定で僅かに及ばず3着。最終レース終了後に偶然出会った例の中年男性は「Aが2着なら一億ぐらいにはなってました。まあ、お陰で楽しませてもらえました」と私に会釈。颯爽とその場を立ち去った。あれ以降は他人に馬券の相談を受けても「好きな馬を買うのが一番」とだけ答えるようにしている。
やっと鼻の腫れがひいて違和感も消えたが、患部の皮膚は黒ずんだまま。中央にあったかさぶたが取れて、その傷痕はサラブレッドの小さな流星みたいな白い形で残っている。これが『たたり』だとするなら、やはり馬がらみのことなのかもしれない。。
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競馬ブック編集局員 村上和巳
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