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編集員通信
競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
騎手たちの戦い






 

◆“騎手たちの戦い”

  岡部幸雄が復帰して、いきなりJRA所属騎手の最年長勝利記録を更新した。55歳2カ月での勝利には頭が下がる。あの冷静沈着な岡部が感極まって涙を流したというのだから、休養してから復帰に至る道のりには、我々の想像を遥かに超える苦難があったのだろう。時速60キロものスピードで疾駆するサラブレッドたち。その背に跨る騎手たちを守るのはヘルメットと上体につけた言い訳程度のプロテクターだけ。怪我とは常に背中合わせなのだ。そんな危険を承知の上で戦い続ける彼らだからこそ、見守る我々も声援を送る。

 「馬の故障で落馬して怪我をすると馬そのものが信じられなくなる。他の騎手たちのミスで落馬すると周囲の騎手たちが信じられなくなる。そんな疑心暗鬼の状態でレースに乗ったときの心境はというと、パンク寸前のオンボロ車に乗って暴走族だらけの高速道路に乗り入れたようなもの」―これは大怪我をして再起不能と言われながら見事に復帰を果たした元騎手から聞いた話。

 久しぶりにトレセンに顔を出した21日、騎手を引退した内山正博調教助手とバッタリ顔を合わせた。彼のことについては昨年夏にもこの欄で紹介したが、幾度となく落馬して全身10カ所以上を骨折。最後には「今度落馬事故に巻き込まれたら命の保証はない」と医師に宣告された話は私にとって衝撃的だった。

 「晩年はずっと同じ夢ばかり見ていた。前の馬が故障して転倒。避けようとした俺の馬も巻き込まれて落馬。気がついたら地面にたたきつけられて、後ろからくる馬に次々と踏みつけられる。あ〜あ、もう死ぬんだと諦めたところで目が覚める。気がついたら全身汗ビッショリ。つらかったよ。現役を引退してもうすぐ1年。最近はレース直前になっても減量できずに焦ってる夢を見るくらい。精神的には随分安定してきた」―内山正博といえば怖いもの知らずのガッツと天性の明るさが売りだった騎手。そんな彼だからこそ、話す言葉に重みが伝わってくる。

 「体が重くて平地の免許を取れず、障害一筋にやってきた。ここまでは勝つことだけに夢中の騎手人生。飛越時の恐怖心との戦いはこれからも続くが、なんとか克服して現役を続けたい」―これは1月31日に障害200勝(JRA史上2人目)を達成した嘉堂信雄騎手のコメント。もう50歳になったというのに、普段から労をいとわず黙々と各馬の調教に跨り続ける彼。そんなひたむきな姿が現在の息の長い騎手生活につながっているのだろう。

 競馬はあくまでサラブレッドが主役なのは当然だが、その背に跨る騎手たちの存在を通してこそ見えてくるものも少なくない。物言わぬサラブレッドの代弁者として、そして戦い続ける騎手たちの目標として、岡部幸雄や嘉堂信雄には体調が許す限り現役にこだわり続けて欲しい。


競馬ブック編集局員 村上和巳


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