世の中にはいろんな業界があって、その業界でしか通用しない専門用語というものがある。一般人にしてみればその語感がピタッと嵌まっていて笑ってしまうものもあれば、何度聞いても奇怪な言葉としか耳に残らないものもある。私が属する競馬の社会には独特の専門用語が多く、この業界に生きる人間にしか理解できないものがゴロゴロしている。
「ロクハジュウゴジュウゴ」―最初にこの言葉を耳にしたときはほとんど外国語だった。追い切りに向かう乗り手に調教師が指示を出した言葉なのだが、それが、「6ハロンから15-15(200mを15秒ぐらいのペース)で」という意味なのだと理解するのに数時間を要した。
テキ(調教師の俗称)という言葉もまったくの初耳だった。乗り手が騎手だから、相対する立場の調教師は“騎手”を逆にした“手騎”なんだというもっともらしい説もあったが、真相は判らない。もちろん、的屋(香具師)からきたテキではないことは、忘れずにつけ加えておきたい。
トレセンに慣れてある程度事情通になってくると、「今朝、出遅れてもうてな」が「今朝、寝坊してしまってな」だと理解できて、「きのうまでコツコツしてたんが、今日はゴトゴトや」も馬の歩様についての表現だと飲み込めてくる。
最近は、「ナイラは出とるし、フスマは食わん。それに、グイッポでヨウヘキまである。おまけにテイサフランでヒセツナンシュ。こんな馬、よう担当せんわ」なんて厩務員さんに早口でまくしたてられても、躊躇することなく相槌が打てるようになった。私もいっぱしの業界人である。
好きな業界用語は「馬なり」。あくまで馬本位で無理強いしないというイメージが感じられ、力みがなくて軽やかなのもいい。このコラムも力まず「馬なり」でと考えているが、いつも締め切りに追われてヨレヨレのバタバタ。うまくいかない。まだまだ「攻め馬」が足りないようだ。
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