2月22日に行なわれた第96回京都記念。降りしきる雨のなか、下見所から本馬場へ移動し、それぞれの方向に返し馬に散る16頭の馬たち。その背に跨る16人の騎手のなかで、ひとりだけカッパを身に着けず、勝負服のまま雨に打たれている男がいた。この週限りで現役引退が決定していた騎手界の重鎮・河内洋である。
「俺にとって最後の重賞。写真を撮ろうと競馬場に駆けつけてくれたファンがいるかもしれない。そう思って……」――後日、その件について質問を受けた河内洋は例によって言葉少なだったが、日頃から“魅せる競馬”を標榜し、騎手としての自分がどうあるべきかを実践していた彼らしい行動だったと思う。競馬人気が落ち込みつつあるとされるいまの時代だが、後輩騎手たちが河内洋のそんな記憶を胸にとどめてプレーをする限り、あれこれ心配する必要はなさそうに思う。
3月30日に行なわれた高松宮記念。単勝1.5倍と断然の1番人気を集めたのは前年の覇者で藤田伸二騎手騎乗のショウナンカンプ。それを苦もなく捻じ伏せて勝ったのは、中央へ移籍して間がない安藤勝己騎手とビリーヴのコンビだった。レース終了後、型通りに地下道に姿を消して行く17頭とは方向を変えた安藤勝己とビリーヴは、超満員のスタンドめざしてウイニングランをはじめた。
「最初は真っ直ぐ帰るつもりだった。でも、伸二(藤田騎手)が馬を寄せてきて、“安藤さん、勝ったんだからウイニングランだよ、ウイニングラン”って声をかけてくれたから……」――これも、後日の安藤勝己談。ここで思うのは藤田伸二の胸中である。自分の馬が怖いと徹底マークし、直線に入るや否やこれでもかと早目に襲いかかってきた安藤勝己。きつい敗戦の直後だったにもかかわらず、愛馬を力ずくで攻め落とした相手に上記のようなアドバイスができる藤田伸二。日頃は熱血漢として知られ、時として誤解されることもある彼だが、この懐の深さが彼の魅力のひとつでもある。
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