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競馬ブック編集員が気になる事柄にコメント
馬と人の風景






 

◆馬と人の風景

 長い現場の取材記者生活から内勤の生活に変わって丸一年以上が経過した。現在、馬の姿が見られるのは、調教VTRと土日のグリーンチャンネルだけ。そんな生活にすっかり慣れはしたが、時として生の馬の姿が恋しくなる。そんな時は休日の火曜日の午後か、時間の融通がきく水曜の朝に、ぶらっと栗東トレセンへ出掛けてみる。懐かしい顔(馬も人も)に出会い、馬とはじゃれ合い、人とは冗談を言い合う。ただそれだけのことなのだが、見慣れた調教風景に出会って、馬の息遣いを聞くと、不思議に心が落ち着く。

 まだ寒さが厳しい2月のとある水曜日。トレセンの逍遥馬道の入り口から、声が聞こえてきた。

「どうした? 坂路へ行くのが嫌なんか? わかった、わかった。そやったら今日は、調教やめてプールでも行くことにしようか」

 声の主は若手調教厩務員。明け3歳馬に跨り、坂路調教に行く途中の人馬(?)の会話だった。その後の取材で判ったのだが、初めて坂路で強目に追った3歳馬(未出走)が、そのつらかった記憶からか翌週に坂路行きを拒んだ。そんな馬の気持ちを予知していた調教厩務員は、愛馬の心理状態を考慮して坂路行きを強要せず、気分転換にプール調整に切り替えようとしている場面だった。

 私が取材記者として初めてトレセンに入ったのが1977年、天才福永洋一を背にしたインターグロリアが桜花賞を勝った年である。当時は、朝の調教や午後運動で「言うことを聞かんヤツや」と馬を殴ったり、蹴ったりするのは日常茶飯事。人間の都合や気分でそうすることが当たり前の風潮があった。あくまで“人間本位”の時代で“馬の精神面”を考えることなど希有だったと記憶している。

 あれから30年近くが経過。前述の人馬の会話を聞くと、まさに隔世の感がある。現在でも、現役競走馬の約3分の2に胃潰瘍の症状(程度の差はあるが)があるといわれている。それだけに、厩務員や調教助手といった、日々馬と接する人たちの苦労には限りがない。

 競走馬の屈託のない表情と、それを支える優しい人間たち。そんな人馬の交流に触れ合うからこそ、見守る側の我々の心が落ち着くのかも知れない。

 よし、今度の水曜日はトレセンに出掛けよう。馬と人に会いに!

(文中敬称略)


競馬ブック編集局員 村上和巳


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