騎手と棋士
先日、6人のプロ棋士と障害ジョッキーとの会食に同席させていただく機会に恵まれた。棋士は馬券好き、騎手は将棋好き。本誌一筆啓上でもおなじみの競馬ライター片山良三氏(15歳から21歳まで奨励会に在籍)が取り持つ縁で親交が深まり、この春、栗東トレセンでは騎手の将棋部が正式に認定された。以前、グリーンチャンネルの番組「競馬と趣味と僕と」でも紹介されたが、ジョッキーたちの将棋への熱は高まる一方で、調教の休憩室には常に将棋盤が置かれ、奥の壁の中央にテレビの解説で見るマグネット式の将棋盤がでんと立てかけられて「誰かが解くまで」(片山氏)という期限で、随時、詰め将棋が出題されている。細部を見渡せば、本棚に並ぶ専門書や駒のキーホルダーなどなど。調教終わりにスマホのアプリでそれぞれがどこかの誰かと対局している姿をよく見かけ、枝葉に広がる先、先、先を見据えて大事に大事に一手を繰り出している。もとより研究熱心で、勝負事にこだわりを持つ気質。片山氏にコーチしてもらえる環境の利点も大きく、彼らは年々、腕を上げておられるようだ。 さて、ヴィクトリアマイル当日のこの日、棋士のみなさんは京都競馬場でレースを観戦したあと南草津の将棋教室で小中学生相手にレクチャーし、トレセン方向に場所を移してトレセン将棋部と歓談の時を過ごされた。みなさん物腰がやわらかく、ユーモアもたっぷり。ただ、酒量は半端なく、赤霧島を水のようにコップに注ぎ、瞬く間に瓶が空になっていく。玄人はだしの競馬への探究心に驚かされ、投資額の大きさに気圧され、ライバルであるはずの棋士同士の仲の良さに意表をつかれた。初対面の座卓で互いの簡単な自己紹介や生活パターン、今日の競馬の結果などひと通りの日常会話がすんだころ、兼ねてから疑問だった「棋士に馬券好きが多いのは何故か、競馬のどこに惹かれるのか」と問うと、臨席した伊奈祐介六段がこう教えてくれた。 「将棋はね、実力だけの世界なんですよ。それ以外は何もない。だから、競馬のように、実力だけではない勝負の世界に身を置きたくなることがあるんです」 先を読む予想行為が将棋に通じるとか、理詰めで考えるのが好きだとかを想像していたが、子供の頃から実力世界で生き抜いてきた勝負師の言葉は思いもよらないものだった。 店を替え、酒を替えてしこたま飲み、歌で発散し、宴たけなわのまま夜は更けていく。過密な1日を送ったご一行は栗東トレセンの宿泊施設を利用し、翌日は厩舎の見学に向かったという。特殊な世界で生きる棋士のエネルギーを間近にして、得るものが大きいひとときだった。
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