ありがとう、 そしてお疲れ様
通算成績20戦12勝。GT7勝で獲得賞金18億7684万3000円。そして鞍上には武豊騎手。後世の人達がそのキャリアを振り返る時、どんな馬を想像するだろうか?当然ながら近年無敵の強さを誇る生産牧場で育ち、幼少期にはセリで高額の値がつき、毎年、リーディングを争う厩舎に入厩してデビュー前から評判になって新馬戦は1番人気に応えて順当勝ち。クラシック戦線でも常に中心となって注目をされ続けながらの華々しい現役生活を送る。近年で言えばディープインパクトのような馬を連想するに違いない。だが、キタサンブラックは今では劣勢の日高の牧場で生産されて開業6年目のそれまでGT勝ちのなかった若きトレーナーのもとで管理されていたのだ。これだけの実績を残しながら1番人気に支持されたのはデビューから12戦目が初めて。恥ずかしながら私はその後も予想では逆らい続け、当然ながら負け続けてしまったのだが。
古くはハイセイコー、その後ではオグリキャップ。純粋な強さという面だけでなく多くのファンにその存在を知らせることによって日本競馬の発展に貢献した名馬。そのいずれもが私にとっては資料や映像でしか触れることができなかったのにキタサンブラックはデビューから引退までを記者として目の当たりにすることになった。ブラックのデビューから11年前に先述したディープインパクトが登場した時はこれが歴史に残る名馬になるのは間違いなく、ここから新しい競馬ブームが起きると勝手に期待したものだ。果たしてディープはその通りの活躍をして今は種牡馬としてもサンデーサイレンスの後継として日本の競馬を背負っているが、今回のブラックのような存在だっただろうか?勿論、見方は人それぞれだから簡単に比較できないが、最後の秋シーズン。どのレースでも出走する日には徹夜のファンがいて普段、競馬を知らない多くの人達からも話題にされたような馬を私の記者生活の中ではかつて経験することはなかった。
残念ながら生産されたヤナガワ牧場や管理していた清水久詞厩舎の関係者とは面識がなく直接、取材する機会はなかったが、様々な課題や懸念材料(母系にサクラバクシンオーがいて距離不安だとか、展開に恵まれただけだのという外野の声)を克服して大きな故障もなく、最後に有終の美を飾った影の努力は想像以上のものだったと思う。だが、公式に発表される清水久師のコメントはいつも自信に溢れていたし、特に関東圏で見るブラックのパドックの堂々とした振る舞いには感心していた。できればもっと身近で取材したかったような気もするし、もう少し現役で活躍してほしかった感もある。現役生活中には気がつかなかったが、今になってジワジワとその存在の大きさが意識されてくる。だが、多くの人が想像もしていなかったようなストーリーを紡ぎながら感動を与えてくれた歴史的な馬に出会えたことに感謝したい。これまでは「ハイセイコーは凄かったぞ」と言うベテラン記者の思い出を聞くだけの立場だったのが「俺はキタサンブラックを見たぞ」と言えることで少しは先輩達に近づけたのだから。
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