雨の中で 見えたもの
前回のコラムで「秋晴れの下での熱戦を期待する」と書いたら何のことはない3週連続道悪でのGT開催。しかもここ2週は歴史的な不良馬場。完全に裏目に出てしまった格好だが、先日の天皇賞では台風22号が接近する豪雨の中で6万人を超えるファンが来場して下さった。雨に濡れることがない記者席にいた私でも視界不良という状態だっただけに一般席で観戦された方々にはそれだけで頭が下がる思いだ。しっかり調べて予想したつもりでもあれだけの馬場になると何を根拠に馬券を買えばいいか分からなくなってしまう状況。通常の道悪適性とは違うものが問われていた気がする。 秋の天皇賞が不良馬場で行われたのは26年ぶり。その天皇賞は既にいろいろなところで取り上げられているメジロマックイーンがGT史上初めて降着になったレース。結果的に勝ったのは6馬身差の2位で入線したプレクラスニーだったが、基準となる勝ち時計はマックイーンのもので2分02秒9。当時は今に比べて馬場整備が進んでおらず良馬場でも時計がかかっていたことを考えると今年の2分08秒3が如何に規格外かが分かる。当然のことながら天皇賞が2000mに短縮されてから一番、遅いタイムでの決着だった。26年前はまだ、一般ファンの立場だった私にはおぼろげな記憶しかなかったが、弊社の先輩記者に話を聞くと「俺はそのレースで勝因・敗因を聞いていたよ。入線後にすぐに審議になって1位でゴールして勝利を確信していた武騎手の顔面が真っ青になり、片や突然の勝者になった江田騎手は戸惑いを隠せなかったね。とにかく凄い騒ぎになったのはよく覚えている」と語ってくれた。今では歴史の上での出来事になってしまったが、現場に居合わせた興奮は伝わってきた。ちなみにその先輩はマックイーンが降着になったことで着順が入れ替わり、カリブソングから購入した連勝馬券が的中したとのこと。何たる強運! その後、時を経て奇しくも同じ状況で1番人気に推されたキタサンブラックの背に跨っていたのはやはり武豊騎手。ただ、前哨戦の京都大賞典を勝って万全の態勢で挑んだマックイーンに比べて今年のブラックは休養前の宝塚記念で人気に応えられなかったし、予定通りとはいえぶっつけでの臨戦。不安要素はあるように思えた。パドックではさすがの貫禄を見せていたブラックだったが、ゲートに突進して想定外の出負け。スタンドもどよめいたが、それも束の間。他馬が避けていた内ラチ沿いの進路をスルスルと上がって行くと4角ではいつも通り、前を射程圏に入れる位置に。「先頭に立つのが早かった」と武騎手が語るほどスムーズなレースで最後は着差以上の余裕が感じられた。間断なく雨が降り続いて気象協会の記録では一日で88.5ミリの雨が降った東京競馬場付近だが、午後4時からの1時間だけ降水量が一時的に0.5ミリと少なくなっていた。やや時間はずれるが、メインレースが終わって表彰式が行われていた時だけ雨が小降りになっていたことが分かる。大雨が降り続いた中で競馬の神様が一瞬だけ、ファンのためにチャンスを与えてくれたような気がする。私を含めて馬券を外した人達も強いブラックの姿を見て納得させられた満足感がある。最終レースの後は再び風雨が強まり多くの人が足早に立ち去ったが、「競馬場に来て観戦できて良かった」と思ったに違いない。
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