滅せぬ魂
2016年を締めくくる有馬記念は3歳馬サトノダイヤモンドがゴール前でキタサンブラックをクビ差で交わして優勝。今年の更なる飛躍を期待させる内容だった。中だるみのペースだったこともあって走破時計は平凡だったが、上位人気馬3頭の争いは最後まで目が離せずなかなか見ごたえのあるものだった。だが、馬はともかく騎手という視点で見ると1着ルメール、2着武豊という決着はどこかで見覚えのある組み合わせ。それは2005年の有馬記念とちょうど同じものだった。 1着ハーツクライ、2着ディープインパクト。今では父としてリーディングサイアー争いをしている2頭で決着したのが12年前の有馬記念。ディープインパクトが唯一、日本馬に敗れたのがこのレースで初対戦の古馬との力関係や菊花賞後の体調不安などを考えると敗戦の理由はあったと思われるが、当時としては無敗の三冠馬が敗れたことで多くの人が衝撃を受けたと記憶している。だが、その中でも個人的に特によく覚えているのがレース後の武騎手の受け答え。「今日はディープが飛ばなかった」というフレーズもそうだが、負けた陣営としては異例のインタビュールームでの会見。それにもまして率直だが、堂々とした敗戦の弁を直接、聞いたことが忘れられない。勝負事で負けるのは驚くことではないし、恥じることでもないのだが、負けて尚、凛とした態度には感銘を受けたものだった。 それから11年の月日が経過。主役である馬が違うのも当然だが、人の立場も変化。武騎手は前人未到のJRA3800勝を達成、ルメール騎手は日本での通年免許を取得。1勝差で惜しくもJRAのリーディングを逃したが、186勝を挙げて自己最多勝利を記録。そんな状況で偶然にも有馬記念で同じ二人によるワンツー決着が再現した。私の立場も微妙に変化していてレース直後のコメントを直接、聞く環境にはなかった。だが、あのディープの敗戦の時でさえ、いつもと同じように冷静に振り返った武騎手のことだから今回もそんな振る舞いがなされたのだろうと勝手に想像していた。 ところが、最終レースも終わってひと段落して取材を担当した同僚から聞いたのは私のイメージとは違うものだった。「あの場面さえなければ」と悔しがっていたのが向正面からのサトノノブレスの動き。同一厩舎で同一オーナーとあれば優勝馬のアシストと考えられなくもない早目のスパートに対して恨めしそうに語っていたのだという。おそらくは不滅の数々の大記録を達成してレジェンドと表現して違和感がない武騎手がそれでも尚、こだわり続ける勝利への執念。年間212勝を達した2005年当時とは様々な状況が変わってしまっても滅せぬ魂が生き続けていると痛感させられた。それに比して時間だけを浪費して大した結果も出せていない自分。少しでも読者の期待に応えるようにいい取材をしていくつもりなので今年もおつきあいのほどをよろしくお願いします。
美浦編集部 田村明宏
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