『根本調教師と三人の弟子達』
記録よりも記憶に残る騎手。競馬ファンならそれぞれに思い入れがあって様々な人を思い浮かべるだろうが、元騎手根本康広も間違いなくその一人に入るだろう。現役時代の勝利数は235勝。当時は今と仕組みが違うので単純な数字の比較はできないが、成績的には中堅どころといったところ。だが、ギャロップダイナで皇帝シンボリルドルフを負かした大金星や映画「優駿」のレースシーンにも登場したダービー馬メリーナイスとのコンビは誰もが知るエピソード。当然、一競馬ファンだった私にとっても偉大なスターと言える存在だが、厩舎開業後、しばらくして様々な事情があって取材担当になってみると飾らない実直な人柄により魅力を感じてしまう。
調教師になってからもここまで重賞勝利はなく成績だけを考えると目立つとは言えないが、肉体面や精神面に課題を抱えている馬を時間をかけて育てて行く方針はハッキリしているので決して調教技術が足りない訳ではないし、何より人材育成に力を入れているのは評価されるところだろう。16年ぶりのJRA女性騎手として注目されている藤田菜七子も弟子のひとりだ。新人騎手がどこかの厩舎に所属になるのは今でも変わらないが、リーディング上位の騎手のほとんどがフリーで騎乗馬もエージェントを通しての依頼が主体になる状況では騎手にとっても厩舎にとっても所属のメリットはないに等しい。その中で根本師は丸山元気、野中悠太郎、そして前述の藤田と三人の騎手を預かっている。「自分自身が多くの先輩に囲まれて育ってきたし、開業後も人とのつながりがあって頼まれた子達を教えているんです。それに日常生活でもそうでしょうけど、年が離れた目上の人よりも年が近くて同じような立場の先輩がいた方が相談もしやすいでしょう」と三人の騎手を同時に所属させている理由を語ってくれた。
戦国時代の武将、毛利元就は死の間際に隆元、元春、隆景の三人の息子を枕元に呼び、教訓を教えたという。まず一本の矢を三人の息子それぞれに渡して折らせ、次に三本の矢をまとめて束になったものを折るように命じた。息子達はいずれも束になった三本の矢を折ることが出来なかった。一本では脆いものでも三本まとまると頑丈になるので三兄弟に結束することを訴えたもので「三本の矢」の教えとして後世に語り継がれている。4月9日、福島競馬場で野中が今年、初勝利をあげ、中山競馬場では丸山がダンツプリウスで久々の重賞勝利を飾った。するとその翌日、福島競馬場で藤田が待望のJRA初勝利をあげた。三本の矢の教えを根本師が語ったかどうかは分からないが、丸山、野中、藤田の三騎手がお互いに助けあって刺激しあえば可能性は無限に広がるに違いない。それぞれの夢物語は今、始まったばかりだ。
美浦編集局 田村明宏
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