『直通電車に乗ることの高揚感』
第82回日本ダービーが終わりました。 東京競馬場の当日の入場者数が129579人。前年比では92.6%ということで、コマーシャルに大々的なキャンペーンを張ったにしては物足りない、なんて声がある一方で、ダービーの前日土曜日の入場者数は59057人。昨年の土日の入場者数は188301人で、今年のそれは188636人ですから、“ダービーウィーク”という括り方をした場合は“微増”。万々歳とまではいかないまでも、とりあえずは成功裡に終わった、と言えるかもしれません。
ダービーの入場者数と言えば、アイネスフウジンの1990年(平成2年)の“196517人”の数字が象徴的に記憶されていますが、実はその翌年トウカイテイオーの91年と、94年のナリタブライアンからサニーブライアンの97年までの計5度、180000人台を記録していて、当時のブームの物凄さを物語っています。 ですから、今年のダービーのレース前。15時現在の入場者数11万超がターフビジョンに映し出された時、場内にどよめきが起きましたが、上記のようなピーク時を知る者としては、寂しいと言うのとはちょっと違いますけれども、とにかく隔世の感がありました。 携帯、スマホ、ネットで馬券が購入できるようになり、テレビ中継の在り方も変わった現在では、さすがにもう20万人近くの来場者を期待するのは難しいのでしょうか……。
そういう時代に応じた、いわゆるファンサービスの提供の仕方も常に検証を重ねる必要があるでしょう。その際に、やみくもに時代のニーズに応じるだけでなく、原点を今一度見つめなおす作業も忘れないようにして。
そんなようなところからの話。 先月の5月16日土曜日に、NPB広島東洋カープによる度肝を抜かれるファンサービスがありました。『常車魂〜RED RIDING〜』と銘打った企画イベント。各方面で大きく報じられましたから、カープのファンであるかどうかに関わらず、ご存知の方も多いと思います。 ごく簡単に説明しますと、東京駅発の新幹線片道1便を球団が借り切って、新横浜、名古屋、新大阪、新神戸を経由。1300人のカープファンを広島まで乗せて、本拠地であるマツダスタジアムで観戦してもらう、というもの。 昨年も“カープ女子”を貸切車両で招待する、というのがありましたが、今回は一車両ではなく、16両の“一編成”ですから、規模としては桁外れ。 その片道乗車券を球団が負担し、観戦チケット、グッズ代金込みの参加費が何と5000円!。帰りの移動費は自己負担になりますが、それにしてもの大盤振る舞いです。元選手が車掌さんの制服を着てサプライズ的に登場した、というのですから徹底しています。 その1300人に用意された席がマツダスタジアムのビジターシートだったことにちょっとした批判もあるようで、私もイベント概要を読んだ時には違和感を覚えたものですが、それはここでは置いておくことにして、ただ新幹線一編成を使ったスケールの大きさに驚かされ、かつ参加したファンの皆さんの満面の笑顔を想像して、こちらも嬉しくなるばかりです。
この移動の際のワクワク感。 例えば電鉄会社が親会社(今は厳密に言うと違うのかな?)の球団のファンも経験したことがあるでしょう。それが一編成の直通列車で運行されたら、よりテンションが上がるはず。甲子園みたいに始発駅から近いとアッと言う間でしょうけど、それでもより盛り上がりませんか。
必ず現場には車で行く、という特別な人達でない限り、このファン心理は理解できると思われます。 それは競馬でもまったく同じなんじゃないでしょうか。
奇しくも上記カープのイベントが実施された同日、『京王競馬場線開業60周年記念セレモニー』が執り行われました。
京王線東府中駅から府中競馬正門前駅へ延びる支線を“競馬場線”と呼ぶのですが、その開業が1955年。その60周年を祝ってJRA、京王電鉄がコラボで行ったのでした。 現場に足を運べず、詳細については伝聞になりますが、駅改札から競馬場につながる連絡通路の開きスペース――来場されたことがある方ならわかるかと思いますが黄金のアハルテケ像があるあたり――で行われ、“一日駅長”に就任したサクセスブロッケンなどが姿を見せて、ほんの数十分だったようですが、セレモニーを盛り上げたようです。
そんなような東京競馬場と京王線との深いつながりを思った時、それが広島カープのイベントがあった同じ日だったこともあって、今更ながら残念でならなかったことを思い出してしまったのです。
以前、東京競馬開催日には、京王線の始発駅である新宿駅から府中競馬正門前駅への直通電車が運行されていました。京王電鉄に直接取材しておらず正確ではありませんが、つくばエクスプレスが開業したのが2005年であることから、自分の記憶では新宿発の下り直通電車が姿を消してから10年以上が経っているかと思われます(ネット検索によれば2001年だとか)。 その時のダイヤ改正に伴って、開催日に特急、準特急が東府中駅に臨時停車することになり、新宿駅発で毎時10分おきの電車に乗車することが可能になりました。それはそれでアクセスの利便性はアップしたのですが、ファンにとっては、とても重要な楽しみのひとつが消えてしまったことも事実でした。
都心にある始発駅から“競馬場行き”の電車が出る。テツでなくとも、競馬ファンならこの高揚感は格別なんじゃないかと思います。無論、乗車するファン全員が一頭の馬を応援するわけではありませんので、カープの新幹線車中のような雰囲気にはなりようがないでしょうけど、でも……。
新宿駅という巨大なターミナル駅で乗り換える際に、いかにもの出で立ちをした人達が直通電車が入線しているホームに集まり、私どもの競馬新聞を片手にゾロゾロと車両(特別なラッピングがあれば理想的)に乗り込んで発車時刻を待ち、電車が動き出したら「ああでもないこうでもない」とレース検討を始める仲間連れがいるかと思えば、それを煙たそうにしながら黙々と新聞を読みふけるオールドファンがいたりして。 そういう多種多様でありながら、“競馬だけ”に興味を持ったファンを乗せた電車が東府中駅で停車後、支線に向かってゆっくりと動き出して正門前駅のホームに滑り込む。想像しただけで嬉しくなってきませんか?(私はなるのです)。
話は戻って今年のダービー前日の土曜日。入場者数122.1%と前年比で大幅に増えました。この現象は祭典の前日であること、土日の東京、京都全レースの馬連の配当金に5%の上乗せ(これは昨年もでしたが)をしたこと、そして入場料無料の『フリーパスの日』に設定したこと。これらのサービスが相乗効果を生み出した結果、と考えていいでしょう。打つべき手はひとつではなく、搦め手も重要だという好例。
そして根幹のところでも、競馬場へのアクセス法というのも確実に存在します。 これからもファンサービスの再検証は行われるでしょう。その時に、直通電車の復活をJRAから要請することはできないでしょうか。
勿論、京王電鉄側の都合や、沿線住民の意向などにも配慮しなくてはならない問題であり、簡単でないであろうことは理解できるのですが。東京競馬開催日のすべてでなくてもいいのです。せめてGT当日だけ、いやダービーやジャパンCといった特別なレース当日の午前中だけでも……。 ひとつのプロ野球の球団が、新幹線の一編成を借り切ることができるのなら……と考えるのは、部外者の無責任な意見になってしまう、のかな?。
JRAと京王電鉄がコラボで『競馬場線開業60周年セレモニー』を実施するのを見て、案外、無理な訴えではないのかも、などと淡い期待を抱いた15年の春競馬でした。
美浦編集局 和田章郎