『異色のスプリントチャンピオン』
既にフェブラリーSは終了していますが、本格的なG1シーズンは今週の高松宮記念で口火が切られます。 今年で第45回を迎えるその高松宮記念ですが、スプリントG1としてリニューアルされてからは節目の20年目。 6年先行してG1に昇格したスプリンターズSとともに、現在、スプリント路線の頂点を形成していることは周知の通りです。 長い長い冬の時代≠経て、今や、スプリントチャンピオンが年度代表馬にも選出されるご時世。 この四半世紀でスプリンターを取り巻く環境は劇的に変化を遂げました。
▼黎明期のチャンピオン 振り返れば、1990年のスプリンターズSに優勝し、初のスプリントG1ウィナーに輝いたのがバンブーメモリーでした。 しかし、G1がやっと産声を上げたばかりのスプリント界は、この頃まだカオスの時代=B 初代王者としてスプリント界の東雲を告げたバンブーメモリーにしても、デビューから実に15戦まではダート路線。 その後、芝に転じて素質を開花させましたが、スプリント王就任までの戦歴を見ると、安田記念1着にマイルCS2着。 これらはまだ違和感がないにしても、秋の天皇賞3着、宝塚記念5着、更にはジャパンCにも挑戦(13着)していたのですから、現在のスプリントチャンピオンとは明らかに一線を画す存在だったといえるでしょう。
そんな時勢を象徴するように、第2代チャンピオン・ダイイチルビーも芝2400mのオークス5着、3代目のニシノフラワーもやはり、芝2400m当時のエリザベス女王杯3着という経歴の持ち主でした。ちなみに、外国調教馬と現役馬を除く歴代のスプリントG1ウィナーの生涯平均出走距離を列挙すると……。
●スプリントG1歴代ウィナーの生涯平均出走距離
結果は上記の通り。05〜07年あたりで一時的な後戻り傾向を呈しながらも、総体的に眺めれば、スプリントチャンピオンは年を追って徐々に純スプリンター化≠辿ってきた、そう捉えることができそうです。 もちろんこれは、スプリント路線の整備が進んだことが最大の要因。ちなみに、1990年には僅か4レース(ダ卿CT、CBC賞、セントウルS、スプリンターズS)だった古馬1200m以下の重賞は、そこから漸増し、2014年には約3倍の11レースに。その間、2006年には夏の快足王≠競うサマースプリントシリーズがスタートしています。
▼平均出走距離1837m! ところが、そんな時代の潮流に逆らうように現れたのが、2000年の高松宮記念を制したキングヘイローでした。 同馬の平均出走距離は、前述した黎明期のチャンピオンたちさえ上回って実に1837m。これはもう、立派な中距離馬の数字です。そのキングヘイローの全成績を振り返ると……。
●キングヘイローの全成績
ご覧の通り、全27戦のうち1200m戦への出走は僅かに3度のG1だけ。生涯出走平均距離1873mという数字も、この戦歴なら当然でしょう。 ちなみに当時も、そして現在も、JRAの平地G1には1200m、1600m、2000m、2200m、2400m、3000m、3200mと7つの距離がありますが、キングヘイローは3200mを除くすべてのカテゴリーのG1に出走し、1200mで頂点を極めたほか、1600mで2、3着、2000mで2着、2500mで4着、3000mでも5着という入着歴を残しています。 1998年の菊花賞ではレコード勝ちしたセイウンスカイから0秒7差、2着スペシャルウィークからは僅かコンマ1秒差という持久力を発揮した馬が、究極のスピード勝負で頂点を極めたのだから大したもの。 更には、種牡馬入りしてからも、父子2代でスプリントチャンピオンに輝いたローレルゲレイロを輩出する一方で、オークスと秋華賞の2冠を制したカワカミプリンセスや、JBCレディースクラシック(ダ1500m)優勝のメーデイアなどを輩出。現役馬に目を転じても、芝中〜長距離路線の注目株クリールカイザー、マイル路線を歩むシャイニープリンス、スプリンターズS3着のマヤノリュウジンらが名を連ね、その産駒は、まさに多岐にわたる活躍を見せています。
▼昨年の2頭も個性派だが…… 振り返れば昨年の高松宮記念、初の1200m戦出走でいきなり頂点に立ったのがコパノリチャード。そして、芝未勝利でスプリンターズSを制したのがスノードラゴン。 これらもまた個性派≠フスプリントチャンピオンと言えそうですが、それでも、スノードラゴンの現時点における平均出走距離は1311m。芝・ダートの違いはあっても、スプリント路線を歩んでいたことに変わりはありません。 また、コパノリチャードも平均出走距離は1471m。近年のチャンピオンの平均値から大きく逸脱しているわけではなく、スプリントチャンピオン就任にもさほどの違和感はありませんでした。 調べてみると、キングヘイロー以降、芝2400m以上の長距離G1に入着経験があるスプリントチャンピオンは現れていません。また、芝2400m以上のG1に出走経験があるスプリントチャンピオンというのも、2005年の高松宮記念に優勝したアドマイヤマックス(菊花賞11着)と、2009年の高松宮記念とスプリンターズSを制したローレルゲレイロ(ダービー13着)の2頭を数えるのみ。 さて今後、キングヘイローほどの異彩を放つスプリントチャンピオンが、果たして私達の前に現れるでしょうか……。
美浦編集局 宇土秀顕