『ストップウォッチ今昔』
スイスの時計ブランド・ロンジンがジャパンカップに協賛することになった。ロンジン社は凱旋門賞やロイヤルアスコット、ブリーダーズCなど海外の大レースのゴール板やタイム表示に最近になってその名を見ることが増えたが、IFHA(国際競馬統括機関連盟)のワールドベストレースホースランキングや各種表彰、また、競馬だけでなくFEI(国際馬術連盟)とのパートナーシップなども含め、国際的な主要馬事イベントの多くと関わりを築いている。今回、ジャパンCに協賛したことによって、主要国の主要イベントのほとんどを網羅することになる。5回東京開催のゴール板は既にロンジン仕様、場内にはロンジンの時計塔もあるようで、雰囲気作りは着々と進んでいる。ロンジン社のプレスリリースには「公式計時および公式時計を担当」とあるが、さすがに「計時」は既存のシステムに別のものを混ぜるわけにもいかないので、「ジャパンカップ当該週にロンジン社提供によるお客様向けイベント等の開催を通じ、お客様にはこれまでとは異なった雰囲気の中で競馬を楽しんでいただけます」というJRA発表以上のものではないだろう。腕時計の機能がもはや「ちゃんとした普通の人」、「ちゃんとしたお金持ち」、「ちゃんとした大金持ち」の指標でしかなくなった今の時代、ロンジン・ブランドの「雰囲気」だけで十分なのだ。
時計といえばストップウォッチはトラックマンの商売道具。私が入社したころ、20数年前はまだアナログ時計が多数派だった。競馬ブックはスイスのミネルバ(Minerva)製の30秒針クロノグラフを使っていた。30秒針というのは1周30秒、1/10秒の計測ができるもので、これが他のメーカーにはなかったのだと思う。グリーンチャンネルの「今日の調教」のオープニングにイメージとして出てくるアナログ時計は60秒針だが、現在はもちろん、昔も使っている人は多くなかったはずだ。操作はゼンマイを巻き、竜頭(りゅうず)を押すと針が周回を始める。青黒い親針と赤の子針の2本が重なって動いていて、竜頭の左にあるボタンを押すと子針のみが止まり、もう一度ボタンを押すと親針に追いつく仕組みになっている。(1)ハロン棒を馬が通過するのを見てボタンを押し、(2)子針が指す数字を書きとめ、(3)もう一度ボタンを押して子針を戻す(親針に追いつかせる)。それを繰り返して時計を採るわけだ。(1)から(3)の一連の動作を済ませて次の(1)までを0.6秒以内にできれば一人前と言われたものだが、デジタルクロノグラフが主流になると一人前である必要はなくなった。
デジタルのストップウォッチはメインの竜頭に当たる部分が右のボタンで、ここで計時をスタートさせ、採時の際は左のボタンを押すたびに表示されるスプリットタイムを書きとめる。前記(3)の子針を戻す作業が不要になるだけでなく、メモリー呼び出しの機能があるので、狭い間隔でピッピピピといくつも押したタイムをあとから見ることもできる。もう商品として完成しているためか、30年前のハイエンド機と現行ではメモリーできる数が100から300に増えた程度で、機能的には煮詰まっている。スプリットタイムが5行、10行と順次表示されるものがあると便利で、米国製には実際そのようなものがあったはずだが、需要もないので消えていったようだ。今はスマートフォンのストップウォッチのアプリケーションに複数のスプリットタイムを順次表示できて、記録も残せる便利なものがあるが、いかんせん専用のボタンがあるわけでもないので、時計を押すという基本の動作がやりにくくて実戦的ではない。
採時の仕事には使えなくても、携帯電話やスマートフォンにプリセットされているストップウォッチで1頭の馬の調教採時は十分にできるので、調教見学でトレセンを訪れた際など、特殊ゼッケンの馬を追いかけて時計を採ってみてはいかがでしょうか。栗東トレセンの見学用スタンドではゴールがよく見えないのが難点だが、ストップウォッチは動かしたままにしておき、6ハロンの標識を通過したところからハロンを通過するたびに「ラップ」なり「スプリット」のボタンを押していく。6ハロンからゴールまで、表示されたラップタイムが以下の通りだとする。 ア)03:15.4(6F) イ)03:31.3(5F) ウ)03:45.6(4F) エ)03:59.0(3F) オ)04:24.9(1F) カ)04:37.1(ゴール) 「カ」のゴールの数字から、オを引けば1F、エを引けば3Fの時計が出る。それを繰り返せばいい。 カ−オ=04:37.1−04:24.9=12.2 カ−エ=04:37.1−03:59.0=38.1 カ−ウ=04:37.1−03:45.6=51.5 カ−イ=04:37.1−03:31.3=65.8 カ−ア=04:37.1−03:15.4=81.7 これで6ハロンまでの時計が計算できましたね。実生活では役に立たないので、覚えておかなくてもいいです。
栗東編集局 水野隆弘