『二つの学校』
演劇はジャンルを問わずに観ます。小劇場系ばかりではなく、いわゆる新劇と呼ばれた歴史ある劇団から能、狂言、歌舞伎といった古典(旧劇)まで。 今年は堀北真希さんの主演作品を観てきました。今度の日曜日にテレビ放映されるようです。以前、当コラムで書いた通り、舞台は劇場で観なくてはならないのですが、とりあえず録画しようかと思ってます。
舞台演劇を定期的に観るようにしているのは、生身の人間がクリエイターとして手抜きのない仕事をしている姿に直に触れられるから。そのことで目を覚まされるというのか、身体の内側、奥底からエネルギーが湧き上がってくるからです。この感覚は、作品全体の質はさておいて、アマチュアの舞台を観ても同様なのが不思議ですが、ともかく簡単に言えば、元気がもらえる、再生した気分になれるのです。 だからクラシックシーズンのダブル開催中なんてタイミングには、必ずうずうずしてしまうわけです。無論、現実逃避の側面(?)は否定できませんが、シーズンがいいとまた演目もバリエーション豊かになりますからね。時間を何とか捻り出して劇場に向かってしまうわけです。
と、ここまで進めてきて、なのですが、ジャンルを問わないと書きながら、たったひとつクリアしていない対象があります。“ジャンル”と呼んでいいのかどうかもわかりませんが、それがかの『宝塚歌劇』です。
言わずと知れた未婚女性だけで構成された歌劇団。多くの女性から熱狂的な支持を集めるだけでなく、男性ファンも少なくありません。友達の同業者も何度か観に行っているくらいです。 一方で、ウチの家人などもそうですし、知り合いの女性(その多くが演劇好き)の何人かは、まったく興味を示さなかったりします。 その感じはわからなくはないのです。メークや衣装が現実離れし過ぎていて、そのわりに舞台セットは簡略化されていて(その点では歌舞伎と似た部分を感じたりもしますが見当違いかもしれません)。そもそも、女性が男装して恋愛物を演じているわけでしょう。更に時代も国境も超えている。すべてテレビ映像で観た限りですが、これらだけを捉えると正直、違和感だらけ(失礼)だったりしますからね。私がまだ劇場で観ていないのも、このあたりの影響が否定できません。
それでも、何故か惹かれるモノが確かにどこかにあるのです。
今度の日曜日、と最初の方で書きましたが、その件とは別に、5月11日のNHKマイルCの表彰式プレゼンターを黒木瞳さんが務めます。今更ながら彼女は元宝塚。詳しい人に聞くと、彼女は宝塚時代、娘役として異例の大抜擢をされたのだそうですが、それだけの逸材だったのでしょう。 それはさておいて、黒木瞳さんに限らず元宝塚の女優さん達。何と言えばいいのか、どこか一本、筋が通ってるように感じられるんですね。勿論、皆さんが皆さんそうではないかもしれませんし、まったく私の個人的な捉え方に過ぎない可能性はありますが、ちょっとやそっとで折れない芯というか、ぶれない軸、みたいなもの。 こういう資質をどうやって身に着けたのか。私が宝塚に惹かれる最も大きな理由はここかもしれません。で、彼女達が育った舞台はどうなっているのだろう、と。そんなことをずっと考えていて、昨年、宝塚市の大劇場に行った時に、ハッとさせられたことがありました。 研究生だなと思われる女性が颯爽と歩いているかと思ったら、一般の方だと思える女性もはっきりと垢抜けていて。なるほど、すでにしてそういう異空間なんだな、なんてことに感心しつつ歩いていて、「ん?研究生」と気づいたのです。 大劇場の隣にある『宝塚音楽学校』のこと。私立の、やっぱり特殊な専門学校になるんですかね。昨年、創立100周年を迎えたと報じられました。
宝塚歌劇の団員の養成学校ですから、宝塚の舞台に立っている女優さん達は、皆ここの卒業生ということになります。元宝塚の女優さん達から感じられる共通の資質はどこで身に着いたのか、という疑問の答えは、その原点がここにあるのでしょう。入学すること自体が難しく、入ってから2年の修業期間が、これまた大変な厳しさなのだとか。すべては将来の宝塚歌劇を背負う人材育成のために他ならず、歴史が100年ですか。うまいぐあいに機能しているのだろうな、と思うばかりです。
我々の場合、ある特殊な世界を担う人材を養成するための専門学校、ということで思い浮かぶのは、今年で創立32年目となるJRA競馬学校です。こちらは3年間。寮制だったり、卒業後の進路が決まっていたりと、宝塚音楽学校と似ている部分が少なくありません。 しかし、騎手学校の卒業生達には、どこかに危うさを感じさせられてしまいます。 このところ、理解に苦しむ理由で廃業する若手騎手が多いというのもあるし、近くで見ていて「自分の子供くらいの年齢なんだな」と常に意識させられ、微笑ましくもヒヤヒヤしながら見てしまう、ということもありますか。
若手騎手を取り巻く環境は以前とは違います。騎手学校を卒業後、ほとんどの騎手が十分な実戦経験を積む間もなく、すぐに熟練したプロフェッショナルを相手に腕を競わなくてはなりません。それはレースでも、馬を降りてからも、です。
彼らとてプロですから、手厚く保護する必要まではないのかもしれませんが、厩舎システムの変化によって、構造上、先達(大人と置き換えてもいいかもしれません)が正常に機能するプロセスが欠落しているのではないでしょうか。騎手として、だけでなく、一個人として成長するうえでも。そのあたりは宝塚音楽学校の卒業生とはちょっと違うのかもしれません。卒業後の彼女らが楽だと言ってるのではなくて、育つ環境の話。
そんなようなことを考えていると、やっぱり競馬学校時代に身につけておくべきスキルというものを再検証し、カリキュラムそのものも今一度見直す、といったようなことが求められる時期になっているのかもしれません。 次代を担う騎手の育成というのは、競馬界全体に影響を及ぼすもの。だからこそ、競馬界全体で、真剣に考えていいことだろうと思います。
そうそう、宝塚音楽学校と騎手学校の似ている部分。大事なことを忘れていました。
〜ともに卒業生が多くの人に夢を与える仕事に就く〜
美浦編集局 和田章郎