『プロフェッショナルの逆襲』
毎度のことながら、慌しいのが年末年始です。しかもその時期を狙ったかのように、普段は起こらないような用件まで出てきたりするから不思議なもの。イラつかず、地道にひとつひとつをこなしていくしかありません。
そんな中のひとつに、もっぱら年明けに集中するのですが、撮りダメしておいたテレビ番組のチェック作業があります。 有馬記念から金杯までの日程がいつもよりも長く、私どもにも滅多にない長いお休みになりましたから、逆に家を空ける日も増えまして、観たい番組は録画しておくしかありません。それを年明けの数日間で観ていくわけです。 今回は“玉石混交”が生じさせる煩雑さを避けるため、できるだけ厳選して録画したつもりでしたが、その中でも強烈にインパクトのある番組が2つありました。 ひとつは、ブックログの方でも触れた『井上陽水ドキュメント“氷の世界40年”』と題された、まさしくドキュメント番組。もうひとつは、黒柳徹子さんがゲストで出演した『あさイチ』という生活情報番組。 ともにNHKで、それでいてちょっと性質の異なる内容なのですが、受け手として“ある共通項”を意識させられることになりました。
まず『氷の世界』ですが、1枚のアルバムを作るにあたり、アーティスト本人は当然として、他のスタッフが何を考えて、どのような葛藤があったのかが描かれました。 詞の書き直し、アレンジへの注文、シングル盤用の曲の選定についての意見のズレや、全曲の並びをどうするか、などなど。 そこに馴れ合いの空気はまったくなく、むしろヒリヒリするような苛烈さ、苦しみのようなものばかりが感じられたのです。 特別な才能を持つ人達の、プライドをかけたぶつかり合いだから、と考えることもできなくはないですが、日本音楽史上初のミリオンセラーとなったことについて、「段階を踏んだことで、奇跡ではない」という当時のマネージャーのコメントが印象的でした。
『あさイチ』の方は、こちらはゲストのトークにインパクトがあった、ということで、番組の中身云々とはちょっと違うかもしれませんが、それはともかくとして。 司会者が黒柳徹子さんに質問します。「今のテレビにどんな印象を持たれてますか」。要するにテレビ放送黎明期から第一線で活躍し続けている黒柳さんに、今のテレビ業界全般についてどう思うか、と、相当にいい質問をしたわけです。その際の答えが、かいつまむと次のようなもの。 「とにかく、いいモノを作ろうとしたわね。今の皆さんもそうかもしれないけど、“この程度のモノを作っておけばいいでしょ”という感じはなかったですよ。まず視聴率というものも気にしませんでしたから。だいたい自分が楽しそうにしてないでテレビに出ていたら、観てる人に失礼でしょう」
このタイプの違う2つの番組から感じられた共通項というのが、かつてのプロフェッショナル達の姿。“何かを作ろうとした際に関わっているスタッフが妥協を排除して向き合おうとする姿勢”でした。無論、時間や経費、その他の制限もたくさんあるわけで、“できる限り”の前置きはあるにしても、どこかで触発される部分がありました。
ひと口に「妥協を排除」と言っても、それにはとてつもないエネルギーが必要になりそうですし、勿論、経験は重要ですが、もしそこに“向こう見ず”な要素が求められるとすれば、ある程度、年齢が若くあることも条件として加わってくるかもしれません。 いずれにしても「いいモノを作る」という制作者の強い意志、というか、野暮ったい言い方になりますが“情熱”ですか。そんなようなモノが感じられるか否かは受け手の側にもしっかり伝わるものでしょう。 そして、その作業の積み重ねこそが、プロフェッショナルが育つ重要なファクターになるのだろう、と思うのです。
年明け早々、こういったことを2つの番組から掬い上げてしまったのは、プロフェッショナルが激減したように感じるから?でしょうか。これは無論、テレビの世界に限った話ではありませんで、あらゆるジャンルで言えることだと思っています。 例えば一般の方の『素人芸』なんて、少し蔑んだような言い方がありますが、そのように呼ばれる芸の凄いところは、商業的な思想がないところで、決して中途半端なプロ気取りの芸とは違います。ネットの動画などを観ていても、それは歴然としています。 そう考えると、もしかするとこの『中途半端なプロ気取り』が、プロフェッショナルの減少を感じさせる要因になっているのかもしれません。
しかし、だからこそ、いずれ逆転現象が起きる予感がしているのです。今は鳴りを潜めているプロフェッショナルが本来の姿を思い出し、輝きを取り戻そうとしたら…。上記のドキュメント番組のように質の高い作品群が次々と生み出され、それが新しい文化、エンターテインメントの構築につながっていくのではないか、と。 これは一年の初めに見た、是非そうなって欲しいという、まさに願望込みの初夢かもしれません。が、とりあえず雑誌や新聞を作る側の者として、その高みは常に意識しておくべきことと感じた次第。まだまだ学ぶべきことは少なくないと思っています。
美浦編集局 和田章郎