『馬の選挙』
去年の今頃、このリレーコラムでも触れた有馬記念翌日の“もう一日”。やはり、多くの競馬ファンや関係者の間で不評だったようですが、先ごろ発表された2013年度の開催日程を見てみると、相変わらず、この“もう一日”が……。再来年こそ、元通りの日程に戻して欲しいと願わずにはいられません。 ただ、レース本番が最終日であろうとなかろうと、師走の声を聞けば有馬記念の足音が近づいてくることに変わりはありません。恒例のファン投票は先週の日曜日に締め切られ、6日の木曜日には最終結果が発表される予定です。この原稿を書いている時点で投票結果は分かりませんが、第2回の中間発表で2位に14,000票あまりの差をつけているオルフェーヴルが、おそらくトップ当選ということで落ち着くのではないでしょうか。振り返ると、ウオッカ、ブエナビスタと2頭の女傑によって牝馬のトップ当選が5年も続いてきた訳ですが、そんな“牝馬の時代”に、ここでいったんピリオドが打たれることになりそうです。
さて、昭和31年に「中山グランプリ」としてスタートした有馬記念。その輝けるレース史と同様、ファン投票の歴史もこの年に源を発し、これまで優勝馬と同じ数だけ、すなわち、56頭のファン投票1位馬が誕生してきました。記念すべき第1回のトップ当選は3歳馬のキタノオーで、その得票数は6,159票。ネット投票が可能な現在と比較はできませんが、それでも敢えて昨年の結果に照らしてみると、この得票数はトップのブエナビスタのおよそ18分の1。6,156票を獲得したアニメイトバイオを3票だけ上回り、36位にランクされるという数字。まさに隔世の感があります。 ところで、実際のレースでは予想外の伏兵が勝利をさらうケースも多々ありますが、ファン投票で思いもよらぬ馬がトップ当選を果たすことはまずあり得ない。そう考えると、有馬記念のファン投票1位馬こそ、その時代を映し出してきた“顔”とも言えるのではないでしょうか。今ここで歴代のファン投票1位馬56頭を振り返ってみると、改めてその思いが強まります。
ここで、ファン投票に関する暇つぶし的なネタを……。
▼最も人気があったのは ご存知の方も多いと思いますが、歴代最多得票は平成元年のオグリキャップが獲得した197,682票。2位は少々意外な感もありますが、昭和56年のホウヨウボーイで185,747票。3位は昭和63年のタマモクロスで183,473票。56回の歴史の中で18万票以上を獲得したのはこの3頭だけ。ところで、この3頭の共通点は何でしょう? それは、華やかなクラシックの舞台を踏んだ馬が一頭もいないということ。これは単なる偶然でしょうか? 地方の笠松競馬から中央に乗り込んで身を立てたオグリキャップ、骨折による1年9カ月のブランクから這い上がってきたホウヨウボーイ、そして、クラシックを横目にコツコツと力をつけてきた晩成型のタマモクロス。そういった、逆境や不遇の時代を経験してきた馬に肩入れしたくなる……。そんな思いが、この結果に表れているのかも知れません。 一方、得票率(得票数÷総投票件数)を見てみると、こちらは90.8%の支持を得た昭和48年のハイセイコーがトップ。逆に、最も低かったのが秋シーズン不出走だった昭和57年のモンテプリンスの52.6%でした。
▼ファン投票1位は何勝? ファン投票1位だった56頭のうち、出走回避馬3頭と取り消した1頭を除く52頭の本番での成績は(13.12.6.21)。13勝、2着12回という数字を“優秀”ととるか、“及第点”ととるか、“落第”ととるかは人それぞれでしょう。ちなみに、連対率では僅かながらも50%を割ってしまうので、仮にこれが馬券上の1番人気であれば、及第点には届かないという評価が妥当かと思われます。 ただ、この52頭のうち18頭は当日の単勝1番人気を他の馬に譲っており、「人気投票と勝ち馬投票は別モノ」と考える人が少なくないのも事実。ちなみに、人気が最も低かった投票1位馬は昭和35年のコダマと前出のモンテプリンスで、当日は5番人気。モンテプリンスに関しては脚部不安でブッツケでの出走。しかも、道悪大嫌いのこの馬には無情の重馬場。ぜひ姿を見たい、そんなファンの願いが届いての投票1位だったのでしょうが、結果的に当日は5番人気という評価でした。あの日、中山競馬場へと向かう途中、モンテプリンスを応援していたすべてのファンは恨めしく雨空を見上げたことでしょう。私もその一人でした。
▼牝馬初の投票1位は 最初に述べたように、この5年は牝馬のトップ当選が続いていますが、牝馬が初めて投票1位に輝いたのは意外と最近で、平成7年のヒシアマゾンが第一号。レース創設から実に40年目のことでした。そのヒシアマゾンですが、ジャパンCでランドの2着はあったものの、同年のG1勝ちはゼロ。そして、同じく投票2位のナリタブライアンもこの年はノンタイトル。投票1、2位馬が揃ってその年のG1(またはG1級)に未勝利だったケースは、この平成7年を含めて過去4回しかありません。それだけ、平成7年の勢力図は混沌としていた訳ですが、果たして結果もヒシアマゾンが5着で、ナリタブライアンが4着。優勝を飾ったのは、この年の菊花賞馬マヤノトップガンでした。 なお、レース創設から39年間も牡馬が独占してきた投票1位の座ですが、このヒシアマゾン以降の17年を見てみると、牡馬が9回に対して牝馬が8回。両者ほぼ互角の数字を残しており、ヒシアマゾンの出現を機に、牡馬と牝馬の力関係に大きな変化が生じたといえるかも知れません。
ところでこのファン投票、昭和55年に総投票件数が20万票を越えてから平成11年まで、ほぼ間断なく20万票台をキープしていましたが(例外は昭和60年だけ)、平成12年以降の12年で20万票の大台に届いた年は僅かに2度だけ。昨今の馬券売上減を投影するかのように、投票数も減少傾向にあるのは淋しい限り。別にお金を取られる訳でなし、いろいろと賞品も当たるようなので、今年未投票だった方はぜひ来年、一年の思いを込めて一票を投じてみてはいかがでしょうか。
さて、私のリレーコラム当番は今年はこれでラスト。人生節目の年は公私ともに色々なことがあり、枯葉舞うこの時期を迎えて少々疲労感を覚えています。ただ、退屈することのない一年ではありました。 振り返ればこのリレーコラムも、ネタ探しに苦しみながらも、けっこう楽しんでやっていたように思います。冬には横浜の根岸、春には千葉の三里塚、秋には大津の逢坂関、そして、信州の佐久平。出張前日に寄った大津を除き、いずれも遊びのついでに訪れただけなので、“勉強してきた”と胸は張れないまでも、多少はタメになりました。そして何よりも“面白かった”。ボロボロになってしまったデジカメを手に、さて来年は何をお伝えしようかと、今からあれこれ企んでいるところです。
ではみなさん、2週後の有馬記念頑張ってください。私も頑張ります。それと、翌日の“もう一日”も……。
美浦編集局 宇土秀顕