『カテゴリー1への移行〜降着・失格のルールが変わる』
2013年1月から降着・失格のルールが変わる。すでにJRAのホームページや競馬場などで配布されるリーフレットによってご承知の向きも多かろうが、これまでとは根本的な理念から変わることになるので、報道関係者向けに関西では9月19日の事前説明(意見交換会)、11月5日の競馬開催後、そして本日11月14日と3回にわたる説明会が行われた。異例の丁寧さといえる。伝える立場のあんたらがまずしっかり理解しておいてねということである。簡単にいえば、降着(失格)そのものが減り、審議ランプの点灯が減る。
まず、変更点をおさらいしてみよう。以下はJRAホームページからのコピペ、いや、引用。
【降着】 〈現行〉走行妨害が、被害馬の競走能力の発揮に重大な影響を与えたと裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着 ↓ 〈新ルール〉入線した馬について、「その走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していた」と裁決委員が判断した場合、加害馬は被害馬の後ろに降着
【失格】 〈現行〉走行妨害により被害馬が落馬・競走中止した場合、加害馬は失格 ↓ 〈新ルール〉極めて悪質で他の騎手や馬に対する危険な行為によって、競走に重大な支障を生じさせたと裁決委員が判断した場合、加害馬は失格
【審議ランプ】 〈現行〉全着順において着順変更の可能性がある場合に点灯 ↓ 〈新〉5位までに入線した馬の着順に変更の可能性がある場合に点灯
以上引用終わり。
具体的にいうと、例えば直線入り口で落馬寸前の不利を被り、そこから加害馬を上回る脚いろで盛り返してハナとかクビまで迫った。このような場合には着順の入れ替えがある。しかし、そうでないほとんどのケースでは着順の変更に至らないということ。進路影響や走行妨害の判断の基準はこれまでと同じで、当然、騎手への制裁もこれまでと同様に厳しく行われるが、それを着順変更に適用するに当たっては、「走行妨害がなければ被害馬が加害馬に先着していたか」が判断の要点となる。失格に関しては、落馬や競走中止の事故があっても、それが悪質かつ危険な行為によるものでなければ失格とされることはない。わずかな過失に偶然が重なることによって多重落馬などが起きたとしても、加害馬がその結果に対してすべての責任を負う必要がなくなる。
これまでは、走行妨害が「あったかなかったか」の「起きたこと」に対しての評価がすべてだったのが、これからは「走行妨害がなければ先着していたか」という「起きなかったこと」を評価しなければならないので、判断はより難しくなるように思うが、「降着」の有無に関しては「疑わしきは罰せず」が基本スタンスとなるので、実際にはよほどのことがない限り着順の変更は行われないという理解でいい。審議ランプに関しては、かつてはレースの途中でも大きく後退する馬がいた場合に点灯していたこともあったが、新ルールの下では、5位以内に入線した馬が関わっていなければ点灯されない。もちろん審議そのものが行われないわけではなく、パトロールビデオや制裁の公開はありますよ。でも、馬券に関係のない部分で確定を遅らせてはファンに迷惑がかかるだけなので、そのあたりも合理的な変更といえるだろう。
今回の変更は国際的な競馬ルールの統一の流れに添うもので、2007年のIFHA(国際競馬統括機関連盟)「競走ルールの調和に関する委員会」以降、JRAでも検討を重ねてきたという。現在、主要競馬開催国の降着の判断基準はカテゴリー1とカテゴリー2に分かれている。島田明宏さんの「トルコからのセッション・レポート〜第34回アジア競馬会議」(週刊競馬ブック8月6日号)によって紹介されて以来おなじみになってきたと思うが、カテゴリー1は「その加害行為がなければ被害馬は加害馬よりも上位になることができた」とみなされた場合にのみ降着となり、カテゴリー2は、「その加害行為が被害馬の競走能力発揮にどのくらい影響を与えたか」によって降着の有無を判断する。
カテゴリー1を採用する主要国(地域)はイギリス、アイルランド、オーストラリア、ニュージーランド、香港、南アフリカ、シンガポール、UAEなど。カテゴリー2は日本、フランス、米国、フランス、ドイツ、南米諸国などだ。これらの相違が現実に大きな問題となったのは2009年9月13日にフランスのロンシャン競馬場で行われたG1ヴェルメーユ賞で、1位入線した英国ジョン・ゴスデン厩舎所属のダーレミが5位入線ソベラニアに対する進路妨害を取られて5着に降着となった。これを不服とした馬主のロイド・ウェバー卿らダーレミ関係者はアピールを行ったが、結局、裁決は覆らなかった。これはカテゴリー1とカテゴリー2の判断基準の違いが問題として顕在化した典型的な例といわれる。カテゴリー1では「競馬はもっとも強い馬を選ぶ」パフォーマンス優先の考え方であるのに対し、カテゴリー2では「インターフェアによって得た着順には着順そのままの評価は与えられない」という考え方。どちらが正しいというものでもないが、(多くは)騎手の責任を馬の着順そのものにまで及ぼすのは過重な罰ではないか、いわんや馬券を買っているファンにまでと考えるなら、カテゴリー1がより妥当とはいえるだろう。
降着となるケースが減るといっても、ラフプレーに対する制裁はこれまで同様なので、この制度変更によって、いわゆる「やり得」が増えるとは考え辛い。そもそも、ひとつのレースに騎乗する騎手たちは、それぞれが敵であると同時に、ひとりの軽率なミスや利己的行為が全体の命にまでかかわるという点では全員でひとつの運命共同体でもある。ここは性善説に立って考えていいのではないか。一方で、被害を受けた場合の「やられ損」というべき心情は馬券を持つファンであっても騎手であってもそれぞれ持って行き場がないことになるが、これは一般社会の刑事事件と同じである。
今回の変更に合わせて、裁決の発表は、曖昧さを排し、より具体的な表現で、そして、説明に際しては言葉を惜しまないでほしい。「小さな動き」とか「大きな不利」、「著しい影響」などの形容詞による表現は人によって受け取り方に幅がある。これを「5完歩にわたって手綱を控えざるを得ず、結果2馬身相当の不利を被った」とか「1馬幅(っていうのか?)に満たない隙間に入ろうとして躓いた」といった表現に変えれば、ファンや関係者の理解を得やすいし、それを「判例」として蓄積していけば、裁決委員による個人差も減るのではないだろうか。もちろん簡単なことではないと思うが、パトロールフィルムにバーチャルなグリッド線をかぶせるなど最新テクノロジーと知恵を投入すれば、将来的には不可能というわけでもない。
栗東編集局 水野隆弘