『新潟でいちばん暑い夏』
京都出張に向かう途中、少し寄り道して乗った富山地方電鉄。これが実に爽快でした。ローカル線ならではのゴトゴトと心地よい振動、そして、全開にした窓から吹き抜ける冷たい風。やはり、電車の窓は手で開けられないと面白くありません。そのあと乗ったサンダーバード(富山〜京都)は確かに快適。ただ、“快適”ではあったけれど、“爽快”という感覚とはちょと違う……。 それにしても、たどり着いた京都は暑かった。体にまとわりつくような熱気に、息を吸うのも嫌になるほど。残雪の残る立山連峰の涼風に吹かれてきた直後だけに、その暑さにはいささか閉口。そして、出張を終えて帰ってきた地元茨城もまた暑かった。まあ、少しくらい暑くても体を動かすのは苦にならない性質ですが、問題は思考能力がガタッと落ちてしまうこと。このリレーコラムのネタがなかなか思いつかないのも、暑さのせいかも知れません。それならいっそのこと、その「暑さ」をネタにしてしまえということで……。先週、秋競馬の番組に触れた栗東の山田理子編集員には申し訳ありませんが、また夏に戻ります。
▼暑さの中で暑さの記録を調べる 前回も書いたように、東日本の競馬ファンにとって夏競馬の舞台といえば、やはり新潟。内勤の自分が夏の新潟を訪れた経験は、学生時代を含めても数えるほど。そんな身で“炎天下の新潟競馬”を語ると怒られてしまいそうですが、これまで、夏の新潟ではどれだけの暑さの中で競馬をやってきたのか? ひとたび気にしはじめると、これが本当に気になって仕方がない。そこで過去の記録を調べてみました。思考能力は低下しても、たいして役に立たないことを調べる意欲は満々。これはまったくの別モノということ(笑)。 ちなみに、頼りにしたのは気象庁の公式サイト。競馬開催日のみを対象に、新潟市の過去の最高気温を振り返ってみたところ、以下のような結果に……。
●新潟競馬が最も暑かった日/年度別
※2000年までの年齢は当時の年齢「数え年」で表示
まず、昨年の9月3日(4回新潟7日目)に、いきなりの36.4度。調べ始めてわずか数分で、めまいがしそうな数字に遭遇。“節電の夏”を何とか乗り切って、ほっとひと息ついたところでの36.4度は体に応えたことでしょう。モンストールが新潟2歳Sをタイレコードで勝った前日のことでした。 さすがに36度超えはその後なかなか見つからず、これを上回ったのは2004年7月31日(2回新潟5日目)、ブルーイレヴンの勝った関屋記念前日の36.7度。そして、更に2年遡って遂にお目にかかった37度の大台。2002年の夏の新潟では、8月10日(3回新潟初日)、9月1日(3回新潟8日目)と2度にわたって37.0度の猛暑を記録しています。ちなみに9月1日は新潟2歳S当日、牝馬のワナがレコードの快走で新潟2歳チャンピオンに輝いた日でした。
37度超えの猛暑の中で日本レコードを樹立したリワードニンファ。照りつける太陽が本当に眩しそう
▼体温超えの中での大レコード!! 現在の新潟コースになってからは、この37.0度が最高記録。しかし、それを上回ったのがコース改修前の1999年8月7日(2回新潟7日目)でした。世界の終末が予言されたのはこの前月。世界中が400年前のフランスのおじさんに一杯食わされた訳ですが、“恐怖の大魔王”の代わりにやってきたのが実に37.9度という地獄の猛暑だったのです。当日のメイン、五頭連峰特別を制したのは4歳牝馬(当時の数え年表記、以下同じ)のマティーニ。しかし、この日の時間毎の気温をチェックしてみると、この“瞬間最高気温”が記録されたのは午後2時から3時の間である可能性が極めて高く(普通に考えてもそうですが)、そうなると、暑さが最高に厳しかったと推測されるのが第9Rあたり。その第9Rとして組まれた湯之谷特別の勝者であるニシノバルバロイ。この牡の4歳馬が、最も厳しい暑さに耐えて勝利を飾った馬ということになりそうです。 さて、翌日もこの暑さは続き、温度計の水銀柱は37.1度まで上昇。前日と同様、体温を軽々と上回る炎天下で行われた関屋記念では、5歳牝馬のリワードニンファが史上初めて、芝1600mで1分32秒の壁を破ってみせました。ピーカン続きで絶好馬場だったとはいえ、それまで、サクラチトセオーが保持していたJRAレコード1分32秒1をコンマ5秒も更新。2着ブラックホークに2馬身半差と、まさに完勝でした。この勝利を含め、旧新潟コースでは2戦2勝だったリワードニンファですが、連覇に挑んだ翌年の関屋記念は改修工事中の新潟に代わって福島で代替。結果はダイワテキサスに3/4馬身及ばずの2着でしたが、得意の新潟が舞台なら、あるいは2連覇を飾っていたかも知れません。 ちなみに、間断なく吹き出してくる汗に、メインレースの1番人気馬がパドックで砂浴びするという珍事が起きたのは、その前の週の8月1日。この1999年は本当に、“暑い暑い新潟競馬”だったと言えそうです。
▼猛暑で覚醒する?能力 それにしても、モンストールにしても、ワナにしても、そしてリワードニンファにしても、記録的な猛暑にもヘコたれることなく、逆に、その暑さに誘発されたかのような鮮やかなレコード走。極限状況に追い込まれた時に起きる“火事場の馬鹿力”だとか、“クライマーズ・ハイ”といった現象。それらと同じように、倒れそうになるくらいの夏の太陽にも、あるいは、何かしらの能力覚醒作用があるのでしょうか??? 日本の標準的な気候を物差しとした場合、一般には寒さに強く暑さに弱いとされているサラブレッドですが、本当にそうなのか? いや、そうだからこそ、眩いばかりの太陽に輝く夏男、夏女の存在というものが、一層際立つのかも知れません。
ところで地球温暖化が進む昨今、過去30年くらいまで遡れば万全だろうと軽い気持ちで着手したこのテーマでしたが、その考えが大間違い。競馬開催日に限らず、新潟市における観測史上最高気温の記録を調べてみたところ、1位は何と明治42年8月8日の39.1度。そして、2位タイが昭和53年8月3日と大正9年7月25日の38.5度でした。こうなるともう、タイトル通りに“いちばん暑い夏”を認定するのはとんでもなく時間のかかる作業。最後にこっそり“過去30年で”という条件を付け加えておきます。おわり。
美浦編集局 宇土秀顕