『2011ジャパン・オータム牝ターナショナル』
天皇賞(秋)でブエナビスタが4着に敗れ、ライバルのレッドディザイアは引退、翌週のブリーダーズカップでは“マイル”4連覇を目指したゴルディコヴァが3着となり、“クラシック”で2番人気となったハヴルドグレースは4着止まりだった。ウオッカがダービーに勝った2007年以来長く続いた“牝馬の時代”もそろそろ終わりを迎えるのか…と思ったら大間違いで、今週末のエリザベス女王杯に始まって、マイルチャンピオンシップ、そしてジャパンCと日本の馬は欧州のスーパー牝馬の波状攻撃にさらされることになる。
そもそも“牝馬の時代”というのは、日本でウオッカとダイワスカーレットの2004年生世代、ブエナビスタ、レッドディザイアの2006年生世代が大活躍し、米国でも2004年生まれのラグズトゥリッチズがベルモントSに勝ち、同い年で遅れてきた大物ゼニヤッタが6歳のBCクラシック2着を最後に引退するまで19連勝を達成し、2006年生まれのレーチェルアレクサンドラも牡馬を圧倒するなど、日米で同時期に牝馬が急速に勢力を拡大したためにいわれるようになった。欧州は2008年の凱旋門賞を3歳牝馬ザルカヴァが勝ち、同世代のゴルディコヴァがずっと1600m路線の中心となっていたわけだからこちらも牝馬の時代だったといえなくもないが、凱旋門賞だけ取り上げても90回のうち17回で牝馬が勝っているように男勝りの名牝というのは昔から特に珍しくなかった。オーストラリアではスプリント女王ブラックキャヴィアが無傷の16連勝を達成して、来年の英国遠征に備えている。
どうして牝馬がこんなに活躍するのでしょうかという誰もが抱く疑問に関しては馬博士・楠瀬良先生の「牝馬の能力をうまく引き出せるひとが出てきて、結果として従来のアローワンス(斤量の減量)が有利に働くということかも知れないね。分かんないけど…」という説が妥当だと思われる。個人的には、日本でサンデーサイレンス、欧州でデインヒルがいなくなり、米国でもやはり不動のリーディングサイアーがいない状況が続いている時期と牝馬の時代が符合しているので、種牡馬の王様の不在が男性優位の崩壊につながっているのではないかと考えたりもするが、これは根拠薄弱といわざるを得ない。ともあれ、これから3週間は欧州の強い牝馬をたっぷり拝見できるまたとない機会。その一助になればと、名牝のみなさんを簡単に紹介したい。
【エリザベス女王杯】・スノーフェアリー(牝4歳、鹿毛、2007年2月12日生、愛国産、英・E.ダンロップ厩舎)昨年の覇者。今年は3月のドバイシーマクラシックに出走の予定が怪我で延び、7月から戦列復帰。牝馬限定戦を取りこぼしたり、馬場悪化を理由にヨークシャーオークスを取り消してフランスに矛先を向けたら規定で出走できなかったりと歯車が狂いかねない状況だったが、9月の愛チャンピオンSではオーストラリア出身の強豪ソーユーシンクと一騎打ちのすえ半馬身差で惜敗。これは今年の名勝負のひとつに数えられていいレースだった。その後、凱旋門賞3着、英チャンピオンS3着と、強い相手に負けて強しの競馬を続けた。昨年よりパワーアップしている。昨年より詰まった間隔できつい競馬をして惜敗続きというのがどう出るかだけ。
・ダンシングレイン(牝3歳、栗毛、2008年4月24日生、愛国産、英・W.ハガス厩舎)準重賞2着を経て臨んだ英オークスでは単勝21倍の伏兵に過ぎなかったが、軽快な逃げはゴールまで衰えず、外から迫るワンダーオブワンダーズを3/4馬身抑えてクラシック制覇。愛オークスは控える策が裏目に出て伸びを欠いたが、ドイツに遠征してディアナ賞(独オークス)、アスコットのチャンピオンズデー開催のチャンピオンズフィリーズ&メアズSを危な気なく逃げ切った。スノーフェアリーに比べると戦ってきた相手のレベルが一枚落ちるが、伸び行く3歳馬の勢いは侮るべからず。
【マイルチャンピオンシップ】 ・イモータルヴァース(牝3歳、鹿毛、2008年5月1日生、愛国産、仏・Rb.コレ厩舎)プールデッセデプーリッシュ(仏1000ギニー)惨敗の後、G2勝ちをきっかけに、英国で3歳牝馬限定のG1、コロネーションSを圧勝し、勢いに乗って夏のドーヴィルで女王ゴルディコヴァに出し抜けを食わす形でジャックルマロワ賞制覇。クイーンエリザベス2世Sではさすがに怪物フランケルには引き離されたが3着を確保した。夏から驚異的な上昇を示す3歳馬。ロベール・コレ調教師は同じR.C.ストロース氏の持ち馬ラストタイクーンでBCマイルを制す。ジャパンCもルグロリューで勝っている。
・サプレザ(牝6歳、鹿毛、2005年2月11日生、米国産、仏・Rd.コレ厩舎)すっかりお馴染み3度目の来日。3連覇となるサンチャリオットSからここへというルートも毎年同じ。一昨年は1馬身1/4+クビ差3着、昨年はクビ+ハナ+ハナ差4着といずれも惜敗で、特に昨年はダノンヨーヨーに次ぐ上がり3F33秒8の脚を使っているだけに外枠に泣かされたとしかいいようがない。ロドルフ・コレ調教師はロベール・コレ調教師の子息。
【ジャパンC】 ・デインドリーム(牝3歳、鹿毛、2008年5月7日生、独国産、独・P.シールゲン厩舎)凱旋門賞ではインコースを追走して直線抜け出すと2着のシャレータに5馬身の差を付けた。2:24.49のレースレコードで走ったように、日本の速い時計に対応する裏付けがある。ベルリン大賞を5馬身、バーデン大賞を6馬身といずれも古馬・牡馬相手のG1をち切って勝っているだけに、仮に凱旋門賞勝ちがなくても近年の外国招待馬の水準を超えている。
・シャレータ(牝3歳、鹿毛、2008年5月8日生、愛国産、仏・A.ドゥロワイエデュプレ厩舎)凱旋門賞2着。同馬主・同厩舎の先輩で1番人気のサラフィナを差し置いてのびっくりの好走だった。毎年凱旋門賞開催に照準を合わせるアガ・ハーン殿下の持ち馬らしく、ディアーヌ賞(仏オークス)惨敗の後、夏から調子を上げて、前哨戦ヴェルメーユ賞3着をステップに綿密に計算された臨戦過程だったのだろう。先行力があって良馬場で好走例が多く、軽い日本の馬場にも合いそう。A.ドゥロワイエデュプレ師は地元フランスのG1制覇は数知れず、第1回ブリーダーズCターフをラシュカリで勝ったほか、昨年のメルボルンCのアメリケン、2009年香港ヴァーズのダリアカナ、2006年香港Cのプライドなど、世界のどこでも大レースを制する術に長じた伯楽。
・サラリンクス(牝4歳、鹿毛、2007年4月18日生、愛国産、仏・J.ハモンド厩舎)3歳6月のデビューからその年は重賞掲示板級まで成長。4歳を迎えた今年は3戦目のG2ポモーヌ賞で好位から抜け出して重賞初制覇。ヴェルメーユ賞でガリコヴァの4着に敗れるとカナダに向かい、カナディアンインターナショナルSでは後方から馬群の中を徐々に上昇、3〜4コーナーで内ラチ沿いを進出し、巧みなコーナーワークで最内から先頭に立って直線に向かい、そのまま欧米の今イチおやじ群を一蹴した。4馬身差2着は昨年のジャパンC10着馬。重馬場が得意で、良馬場ではスピード不足の恐れあり。 ・ほかにミッションアプルーヴド(牡7歳、米・N.チャタポール厩舎)の登録があります。
円高のお陰もあるだろうが、これだけの牝馬がこぞって来日するのはありがたいこと。せっかくなので、たとえば地方競馬に倣ってエリザベス女王杯勝ち馬には副賞として「ディープインパクト種付け権利進呈」というアイデアはどうだろう(ディープインパクトに限ることもないけれど)。ハットトリックの大成功を見れば、まさかいりませんとはいうまい。日本の種牡馬の世界へ向けてのプレゼンとしても効果的なのではないだろうか。
栗東編集局 水野隆弘