『裏方の1日』
9月25日、神戸新聞杯。オルフェーヴルが大歓声のなか三冠制覇への試走を終えた。ゆっくりとスタートを出て、自然と前へ。前半は口元にうっすら泡をため、行きたい素振りでリズムをとるが、鞍上がこれをなだめ、喧嘩しない程度に抑えて淡々と。最初の3Fが37秒2、1000m通過が1分03秒5の超スロー。残り800mでも先頭から7、8馬身ほどの開きがあったが、馬が勝負どころを知っているかのように3〜4角でスーッと勢いに乗り、直線に向くと馬なりで先頭へ。ここで勝負をつけた。仕掛けたのはラスト300mを過ぎたあたりで、最後は右の見せムチだけ。2着馬ウインバリアシオンとの差は日本ダービーより大きい2馬身半となった。16K増の馬体で臨み、長丁場に向けての折り合いにメドを立て、一方的な勝利。三冠に向け、これ以上ない秋の始動といえるのではないか。観客動員数前年比100.2%、単勝オッズは1.7倍はファンの期待の大きさを物語るが、それ以上のパフォーマンスだった。
と、レースを観戦した。が、しかし、隔週競馬場行きの私はこの日は内勤にあたるローテーション。テレビの中の出来事だ。
トレセンは全休日の月曜以外は毎日調教が行われている。開催日は馬の輸送がある関係で開場時間は通常より早く、たとえば阪神開催中ならば調教は午前4時スタート。追い日以外にもせっせと日々のトレーニングを重ねる競走馬がいて、調教をつけ世話をする厩舎関係者がいて、それを観察する各紙トラックマンがいるのだが、競馬開催日の調教ネタが紙面に出ることはほとんどなく、馬にとっても、厩舎人にとっても、私たちにとっても地味で地道な作業。今回はTMサイドから、日曜の坂路の様子を少し書いてみたい。
日曜早朝(というかほとんど深夜)。坂路当番当日。寝過ごさないよう3つの目覚ましをセットし、3時前に起きて、行く道すがらのコンビニで食料を調達して坂路小屋へ向かう。坂路小屋とはグリーンチャンネルの調教VTRなどを撮影するためのカメラマン用のもので、3階建てだが文字通り「小屋」。前面にガラス窓はなく、いわゆる吹きさらしである。専門紙がお借りするのは大体2階のフロア。私の場合、身長が足りないので台の上に椅子をセットして座り込み、4時から10時までの6時間(冬なら12時までの8時間)の長期戦に臨む。窓から顔を覗かせて見下ろす格好で馬を観察するから、距離にして4、5mほどか。馬を右から見る形になるので一般的には裏側といわれ、逆。でも、表情や息遣いを直に聞けるメリットは大きく、厳寒期には帽子にカイロ、ネックマフラー、手袋のフル装備で、花粉飛散期には大きなマスクを着けてこのポジションに陣取ることから始まる。
さあ、開場。設置してあるモニターに今から坂路を駆けようとする馬たちが大挙スタンバイしている模様が写し出されると、こちらも背筋を伸ばして気を引き締める。25日の一発目はセイクリムズン。53.8、38.3、24.7、エラー。(一杯に追われていたけど、馬にはまだまだ余裕があったな。休み明けだけど、捌きが軽いし、息の入りもいいじゃん)などと思っている間に、次から次へと登板。馬名を確認する余裕はなく、ひたすらノートにゼッケン番号を書き写す。必要な情報は馬名と脚いろと騎乗者。あと併せ馬なのか、単走なのか。遅れはあったか。できればタイムも控えておきたい。ノートは2冊。業務用と個人用を用意する。個人メモには「バネ」「太」「ノド」「コト」などなど………普段見られない馬の評価を可能な限り記していくのだ。
池江寿厩舎は単走で。角居厩舎は単走と併走を織り交ぜて。松田国厩舎は規則的な縦列調教で2本目に速いところ……など調教パターンはさまざま。ラッシュ時となると速いタイムを出した馬がいても記憶がはっきりしないことは正直ある。怒涛のピーク時が過ぎれば清書に入り、暇になったらなったで眠気との闘いが……。コーヒーで睡魔を飛ばし、エコノミー症候群にならないよう時にストレッチを挟みながら、同じ作業を延々繰り返す。
力が入るのは馬場が重た〜い不良馬場の日。時間帯によって馬場状態が刻一刻と変化するのだが、その状況を知っているのは日曜に出向いたごく少人数だけ。目立たない時計に価値が見出され、馬券になりやすい。最近の個人的ヒットが2週前の阪神で新馬戦を勝ったエーシンユリシーズだった。台風の影響でどしゃぶりの大雨だったし、風も強かった4日の坂路で、55.8、40.3、26.5、13.6を楽に出したのだ。この日時計になった(1F15〜15以下)のは148頭。ちなみに先週日曜の25日が367頭。つまりそれだけ時計が出にくかったということ。時間帯が違うとはいえ、フレールジャックが15〜15になりそうでならずに、62.4、45.5、エラー、15.8。こりゃ、普段より2、3秒は要しているんじゃないかと推察した。もう十数年通っているが、私が直に足を運んだなかでは、あの4日が一番タフな馬場状態だったと思う。参考までにいうと、雨の影響を受けないポリトラックは遠めに見ても走りやすそうで、どの馬もオープン馬に見えるほどの軽い走り。追い風も手伝って、動きのいい馬が多かったと聞く。時計の真の価値を判断するのは現場に出向いてこそ。レースも調教もそれは同じなのかも。この現場感が予想と馬券につながると信じている。
坂路当番を終えると事務所に戻り、東京盃やスプリンターズSの攻め解説などの原稿を書き上げていったん2時間ほどの休憩へ。その後、ニュースぷらざ、特別レースの検討記事などの週刊誌の作成に入る。そして、この東西コラムリレーに着手。午後7時30分頃にはさっき書いたばかりの原稿が製本されて手元に届く。コラムを片付けて午後8時過ぎ。長い裏方の1日だ。ウインバリアシオンの単勝で馬券は負けたけど、いやいやオルフェーヴルは強かったな〜。いいレースを見せてもらった。 さ、帰ってビールでも飲んで寝よかな。……と、日曜の内勤はこんな感じです。
栗東編集局 山田理子