JC観戦ツアー?
今年のエリザベス女王杯の直線は実に見応えがあった。好位で折り合いに専念するアパパネをピッタリとマークするスノーフェアリー。そして、この2頭を見ながら追い出しのタイミングを計るメイショウベルーガ。実力馬3頭の騎手心理と位置取りを考えていると気持ちが弾んだ。そして4コーナーを回る地点で外に持ち出した三冠馬アパパネを確認するや否や切れ込むように内に入ったスノーフェアリー。そして、満を持して外から1番人気馬を捉えんと動いたメイショウベルーガ。最終的には歴史と伝統の重みを感じさせる英国馬の豪脚が日本馬を圧倒することになった。2着との差はなんと4馬身、言い訳しようのない着差であり、久しぶりに強い外国馬を見たなというのが素直な実感だった。
この日の夜、久しぶりにある人物と話しがしたくなった。昔使っていた電話帳を調べても連絡先が分からず、バタついているうちに深夜になったために断念した。その相手、古小路重男助手は1982年の金杯をタマトップで、1986年のシンザン記念をフレッシュボイスで勝っている元騎手で、障害重賞では平地以上の活躍を収めてもいた。親しくなったのは彼が山内研二厩舎に所属していたときで、いわば騎手生活の晩年を迎えた頃なのだが、競走馬を仕上げる手法についての理論は独特。決して饒舌ではなく派手な言動も好まない人間だったが、馬の心理や体調を気遣いつつもここ一番では厳しい調教メニューを課す繊細かつ大胆な仕上げに定評があった。当時から騎手引退後はいい裏方さんになるだろうなとの思いがあった。
「ほんと久しぶりやね。全然姿を見なくなったから、もうブックにいないかと思ってた。えっ?メイショウベルーガ?うん、よう頑張ってくれたよ。最初に跨ったときから乗り味のいい馬だなって思ってた。時間はかかったけど、やっと本格化してくれた。今がピークって感じだね。使ってからも元気がいいから、今度はジャパンCに行くけど、京都が一番合っている馬。相手が強くなるだけでなく東京コースに替わるのがどうかなって気もする。でも、精一杯仕上げるつもりだから応援してください。俺も持ち乗りになって2年と1ヶ月。もう少し頑張るつもりなのでトレセンにくることがあったら厩舎に顔を出して」
女王杯の3日後の水曜日の夕方になって思い直して古小路助手に電話を入れた。朴訥な人柄そのままに優しい口調で受け答えをするその様は昔となにひとつ変わっていない。デビューから8戦目までに3勝しながら、その後は11連敗と苦しい道のりを歩んでいたメイショウベルーガ。この頃は調教では力強い動きを見せても、いざレースではズブさばかりが目立ち、ハミを取らずにモタつく場面が多かった。馬自身に走る気がなかったのだろう。この馬がレースに臨んで本気で走るようになったのは彼が日々の調教で根気強く走ることについて教え込んできたからこそ。個人的にはそう解釈している。
電話口でいきなり「もうブックにいないと思ってた」と言われたのは応えたが、この台詞は久しぶりに会ったトレセン関係者がよく漏らす感想。考えてみると朝の調教に顔を出すこともなければ競馬場に出向く訳でもない。週刊競馬ブックで数カ月に1度、拙稿(一筆啓上)が載るだけなのだから、忘れられて当然だろう。今年は阪神競馬場へ1度、京都競馬場へ2度出かけているが、すべて上半期。仕事に追われて夏の小倉遠征も叶わなかったし、トレセンにもすっかり足が遠のいている。これではいかんとも思うのだが、暮れの阪神4週は小倉とのW開催であり、年末特有の雑用も確実に増える。そうなると、ここ2週しか出かけるチャンスはなさそうだ。よ〜し、こうなったら無理やり日程調整してジャパンC観戦ツアーでも企てることにしよう。もちろんメイショウベルーガの応援団長になるから、待っててや“重男ちゃん”。
競馬ブック編集局員 村上和巳