そう思った矢先の先週の休日、吐き気がして熱まで出た。「去年もこれぐらいの時期に同様の症状が出ていますね」と医師に言われて思い出したのは新型インフルエンザ騒動。ただの風邪がすぐに回復して「心配して損した」と隣席の水野隆弘に言われたのは記憶に新しい。当時ほどではなかったので投薬をもらって帰ろうとしたが、3ヶ月ほど前から背中に違和感があってその感覚が少しずつ大きくなっている気がしたので相談した。会話の合い間に「凱旋門賞、勝たせてやりたかったですね」と相槌を打ってくれていた医師が十数秒間沈黙。その後「肺癌の可能性があります。CTで検査するのがいちばん。すぐ予約しましょう」との言葉が続いた。「癌と聞くと真っ先に思い浮かぶのは“Silence like a canccer(癌) grows”というフレイズ(1960年代にサイモン&ガーファンクルがヒットさせた“サウンドオブサイレンス”の歌詞の一部)ですよね」と言いかけたが、相手のシリアスな表情に気圧されてさすがに自重した。
この日の夜は酒を飲みながらB・B・キングの映像を観た。Blues Boy King と呼ばれたこの人物も黒人ギタリストで80歳を越えたいまもなお健在。さすがにライヴでは椅子に坐って演奏していたが、ギターワークも声量豊かなヴォーカルも衰えを知らない。眺めているだけで気分が高揚して酒が進んだ。そして伝説のギタリスト特集が終わると、今度はデビューから凱旋門賞までを編集したエルコンドルパサーのVTRに感情移入。衝撃のデビュー戦、G1初制覇のNHKマイルC、サイレンススズカに敗れた伝説の毎日王冠、エアグルーヴ、スペシャルウィーク、チーフベアハート(加国)を一蹴したジャパンCと続くと、懐かしさと酔いとで意識が朦朧としていた。「大丈夫、癌ではありませんでしたよ」との医者のひと言がこの夜の開放感につながったのだが、もうしばらく好きな音楽や競馬を楽しめることにしみじみ感謝している。