トレセン関係者 との交流
「村上さんですか?いやあ、申し訳ないけど覚えてないんですよ、はい」
久々に電話をかけた相手にこう言われた。十数年前に数ケ月だけ担当した厩舎で持ち乗りをしていた人物で、以降は会う機会がないまま私は内勤になっていた。「ブックの村上です。覚えていらっしゃらないでしょうが、以前に厩舎で何度かお話をさせてもらいました」と挨拶して通じるわけもない。めげず「今回は週報用(マイクでごめん)にインタビューをさせていただきたく……」と用件を伝えると即OKがもらえた。場所や日時を決めるべく言葉をつないでいると突然、「その口調!思い出した!最近全然見ないけど、どないしてはるんですか?」と反応が一変する。「取材者なのに喋ってばかりでうるさいからって出入り禁止になって、いまは内勤。パソコン相手に独り言をつぶやいてますよ」と答えると、「そうやったんですか。それで顔見なくなったんやね」と納得された。面白くない冗談だったと反省はしているが、ギャグをそのまま信じるなよ、松原弘樹クン(汗)。容姿や人間性が記憶に残っていたのではなく、“口調”だけを覚えられていたようなのが少々不満だが、裏返せば私の本質を正確に把握していたとも言えそうだ。最後に「また厩舎へ遊びに来てください」と優しい言葉で締め括ってくれた彼は前園真聖選手(元Jリーガー)似の風貌でヒゲがよく似合う男臭いヤツ。機会があれば本格化した愛馬キングスエンブレムを見に行くから待っててや。
「10月23日の室町Sに使う予定。オープンで通用するかとなるとなんとも言えませんが」
凱旋門賞が行われた日の中山12レースで4連勝を飾ったシルクフォーチュンが次にどこに使うのか気になっていた。先日、藤沢則雄調教師が来社したので嬉しがって尋ねると上記の返事があった。2勝するまではごく普通の条件馬だったのだが、それ以降が凄い。ダート1200メートルを4連勝中で“大外一気”とか“目の覚めるような”といった使い古された言葉では表現し切れない脚を使う。ここ3走の上がり3ハロン(推定タイム)は34秒2、34秒1、34秒9。ダート戦ではオープンでもそう出せない34秒台を続けてマークしているのだから恐れ入る。大きく離された後方から4角大外の“フォーチュンコース”を通って豪快に差すパフォーマンスはまるで条件馬のなかに1頭だけオープン馬が混じっているよう。掛かる気性で伸び悩む時期もあったが、距離を短縮して追い込みに徹するようになって素質開花。短距離ならオープンでも相当な活躍が見込める。日頃から控え目な藤沢さんらしい慎重なコメントだったが、まだまだ快進撃は続きそうであり、また続けて欲しい。型に嵌らない奔放なレースを見せてくれる馬がいれば競馬はより楽しくなる。
「会うのは何年ぶりかな、懐かしいね。(と一瞬は喜んでくれたが、私のロン毛とタンガリーシャツ&ジーンズの服装を見ると)……、しかし変わらんね、アンタも(ややトーンダウン)」
週報の取材に立ち会うべく橋口弘次郎厩舎に出向いた。菊花賞を目指すローズキングダム中心の取材で、ライターさんの邪魔をしないよう時間を遅らせて行ったにもかかわらず、私が顔を出した途端に昔話に突入。「私が40歳ぐらい(37歳で厩舎開業)のときに30代のアンタがウチの担当になった。あの頃はホント楽しかったねえ。私もあと5年で定年になるが、あの頃はやりたいことをやりたいようにやってたから、定年なんて永遠にこないと思ってたよ(笑)」と橋口さんが言えば、「気遣いせず言いたいことを言えた調教師は初めて。いろいろ勉強させてもらっただけでなく、十分楽しませてももらいました」と私も同調。もう完璧に取材者の邪魔をしまくっていた(汗)。最後に「ダービーで2着が4回ある調教師なんて他にはいないでしょう。残る5年でなんとか1着になりますから」と言われてふと考えた。ダンスインザダーク(1996年)、ハーツクライ(2004年)、ローズキングダム(2010年)の3頭はすぐ浮かんだが、残る1頭が思い出せない。悩む様子の私を見かねた同師が「もう1頭は現役馬です。来年はGTを勝ちますよ」と言っても「……」と沈黙が続く。最後は管理馬名簿をチェックしてやっと思い出すお粗末さだった。業界人としては間違いなく失格である。大変失礼しました、そして早期復活を心から祈っていますぞ、リーチザクラウン君。
競馬ブック編集局員 村上和巳