「おじさんって競馬が好きなんや。お馬さんのどこが好き?」(女の子) 「う〜ん、そうだね。いつも一生懸命に走るところかな」(私)
休日に薬局へ出掛けたときの話。棚に並ぶ商品のなかからお目当てのものを探していると、通路に一枚の紙切れが落ちている。手に取ってみるとそれは千円札だった。誰が落としたのかと周囲を見渡しても人の姿はない。その昔、落とし物を拾った記憶がいろいろ甦る。財布、一万円札を各数回拾っただけでなく、競馬場の払い戻し窓口の近くで的中馬券さえも見つけたことのある私。“久しぶりの経験だな”と思いつつ一旦はジャンパーのポケットに入れた。更に“これが週末には数百倍か”などとアホなことを考えた瞬間に事態は急変。
小学一年生ぐらいの女の子が通路の床に視線を落としながら私の方へ歩いてくる。いまにも泣き出しそうなその表情ですべてが理解できた。「なにかあったの?」「お母さんからもらった1000円、どっかに落としたみたいで……」この会話で事実関係を確認。「はい、さっきここで拾った君の千円札。これからは気をつけようね」そう伝えると彼女は一瞬で弾けるような笑顔に変わった。私の着ているジャンパーに馬の絵が書いてあったため、別れ際に上記の会話になったのだが、子供の素朴な質問にどう答えるべきかちょっぴり悩んだ。
「競馬ですか。その昔、私も熱中しました。最近の成績はいかがですか?」(隣席の老人) 「馬券はたまに当たる程度。でも、当たり外れより推理のプロセスが好きで」(私)
日曜朝。JR琵琶湖線の電車に乗って会社に向かう途中で70代ぐらいの老夫婦と同席した。向かい合わせの二人掛け座席に私とジャージ姿の男子高校生が独りで坐っているため、夫婦は分かれて坐る形。その様子に気付いた私が「席換わりましょうか?」と申し入れると、「いえいえ、結構です。40年以上も一緒にいると、たまに離れるのも新鮮で(笑)」とご主人から軽妙な返答。夫人も静かに微笑んでいる。ならばと席を移動せず鞄から競馬新聞を出して眺めたところ前述の会話となったのだった。「その昔、私も熱中しました」との言葉が出ると黙って頷く夫人の姿が妙に心に残った。このご夫婦にとって競馬はどんな存在だったのだろうか。
「調教師の暖かい人間性が感じられ、ますます応援したくなりました」(兵庫県Tさん)
これは週刊競馬ブック12月14日発行号に掲載した“音無調教師インタビュー”に対して読者から寄せられたメールの一部である。Tさんが指摘されたのは「あのマイルCSを勝った時、ウオッカに申し訳が立ったと思いました」と発言している部分。つまり、同師は管理するカンパニーで人気、実力ともに現役ナンバーワンのウオッカを毎日王冠、天皇賞で破った以上、負かした相手のためにもマイルCSを勝たなくてはいけないと考えたという。勝負の世界に生きる人間はただ勝利をめざすだけでなく相手に対して敬意を払うことが必要でもある。それを日常において自然体で実践している音無秀孝師のコメントに目を通して、毎年リーディングトレーナー争いを繰り広げている同厩舎の活躍の秘密が少しだけ理解できたような気がした。
競馬についていろんなことを考えさせられたこの1週間だったが、振り返ってみると今年1年は仕事を忘れて余韻に浸ってしまうようなレースが少なかった気がする。さて、今週はいよいよ2009年を締めくくる有馬記念。来年が待ち遠しくなるような見応えのある素晴らしい戦いを見せて欲しいなと思う。
競馬ブック編集局員 村上和巳