先行、好位差し組有利が常識とされる皐月賞が前崩れの決着となり、40年ぶりの不良馬場の影響が大だったにせよ、スタミナと決め手が要求されるはずのダービーが先行馬同士の決着。“人気”とはあくまで“人間心理”が集合したものだが、今年の春の牡馬2冠は型にはまった思考では導き出せない結果となった。とはいえ、切れ味勝負のタイプや追い込み型ではとても勝負になりそうにない極悪馬場になったダービーはロジユニヴァースやリーチザクラウンの好走を十分に予想できたとも言える。この2頭が道悪だったから走れたという意味ではなく、結果的に他の有力馬より能力を発揮しやすい条件が揃ったということである。
ロジユニヴァースについてはこのコラム“2009年皐月賞回顧”で体調面に問題が生じた可能性もあると指摘した。短期間に馬体が減り過ぎたことや気配に覇気が感じられなかったことがその背景にあったのだが、横山典弘騎手が「皐月賞のときは調子が良くなかったし、今日に関してもデキはあまり感心しなかった。(レースを終えて)馬を信じてあげられなかったのが情けない」と話したように、体調不安は現実のものだったようだ。ならば皐月賞の前に陣営から「体調面に不安な点もあるが、一生に一度の皐月賞。馬自身の底力に期待して出走させる」といった発表がファンのためにあってもよかった気がする。ただ、「皐月賞の敗因がつかめない面があったが、この勝利ではっきりした。トモの状態と踏み込みの問題」と萩原師がレース後に慎重に説明したように、体質が弱く完成途上の若駒に対して試行錯誤を繰り返しながらのダービー制覇だったことを考えると関係者の対応も難しくなる。状態の良し悪しがそのまま結果に直結するとは限らないのが競馬でもあるのだから。
左前脚が外向して体質も弱く2歳になるまで買い手がつかなかったというロジユニヴァース。デビューからじっくりとレース間隔を開けながら4戦を消化したあたりにそんな予感はあったが、男馬で中5週なら問題あるまいと皐月賞時に常識的な判断をしたのが裏目に出てしまった。同じ中5週のダービーで巻き返したあたりには関係者の並々ならぬ苦労があったと推察されるが、そんな周囲の期待に見事に応えたこの馬の潜在能力は計り知れぬものがありそうだ。競走馬が人間の思惑通りに成長してくれない生き物である以上、体質の弱さとの戦いは今後も続くことだろうが、秋にはこれぞダービー馬という盤石の強さを身につけて欲しい。
デビューして24年目、15回目のダービー挑戦で初めて先頭でゴールを駆け抜けた横山典弘騎手。ウィニングランでは外ラチまで馬を寄せて深々とファンにお辞儀を繰り返すノリの姿を見て1991年の宝塚記念を思い出した。あの時も優勝馬メジロライアンを外ラチ沿いに導き、今回同様にヘルメットを脱いでファンに深々と頭を下げていた。当時の彼はまだ23歳だったが、その自由奔放な騎乗スタイルと技術レベルの高さに惚れ込んだ私。ダービーを勝つのは時間の問題で、近い将来“横山典弘時代”がやってくると確信していた。あれから実に18年もの歳月が流れて、41歳にしてのダービー制覇は少し遠回りをしたかの印象もある。しかし、1997年第2回ドバイワールドCの落馬事故をはじめとする幾度もの怪我や、関東所属の騎手たちにとっては厳しすぎる西高東低の逆風と戦い続けた道のりは決して平坦ではなかった。“2着コレクター”などと興味本位に騒ぐ口さがない人間も少なくなかったが、関西馬全盛のこの時代に有力馬に跨るのは関西のトップジョッキーばかり。彼がコンビを組むのは第二勢力の馬たちが大半だったことからすれば、たとえG1を勝てなくとも、近年の活躍は賞賛に価するものだった。美浦から久々に出現したダービー馬の背にノリの姿があったのは決して偶然ではない。
おめでとうノリ。敢えて言葉にすることもないだろうが、今年の優勝が騎手人生のゴールではない。2度目、3度目のダービー制覇を目指してこれからも大胆かつ個性的な思い切りのいいプレーを存分に見せてくれれば嬉しい。それと、聞いて欲しいことがもうひとつ。レース後のインタビューで“騎手が下手だったから”との台詞を時折耳にするが、この台詞の裏には、馬の悪口や欠点を口にすべきでないとの信念や取材する側のレベルなど複雑な問題も絡んでいるのだろうが、できるなら今後は封印してくれないかなと思う。なんてったって君は関東でただ一人の現役ダービージョッキー。競馬サークルのリーダーを務めるべき存在なのだから。
競馬ブック編集局員 村上和巳