元号が昭和から平成に変わった1989年の桜花賞は武豊騎乗のシャダイカグラ(リアルシャダイ×ミリーバード)が単勝2.2倍の圧倒的な人気を集めた。当時の阪神マイルは1コーナーのポケットが発走地点となっており、ゲートを出て加速するとすぐに2コーナーのカーブにさしかかるため、頭数が多くなればなるほど外枠が不利とされていた。内枠の馬はゲートさえ普通に出れば距離をロスすることなく向こう正面に入れるが、外枠だとずっと外々を振り回されるため、前半だけでかなりの脚を使わねばならない。キャリアが浅くより繊細なこの時期の牝馬にしてみれば、桜花賞で大外枠に入るのは大きなハンデを背負うことを意味した。そして、単枠指定となったこの年のシャダイカグラはフルゲートの最外にあたる18番枠を引いていた。
稍重の馬場で行われたこのレースは発走直後にどよめきが起こった。なんと大外のシャダイカグラが出遅れたのである。鞍上はすぐさま両手で首をしごいて加速させようとするが、リズムを崩した馬は即座には反応しない。向こう正面に入った段階で単枠指定馬は16番手という絶望的な位置を追走。波乱を予感するファンのどよめきは更に大きくなって阪神競馬場を支配した。しかし、ここから伝説の幕が切って落とされるのである。後方追走から馬場の内目に潜り込んだ武豊は巧みに馬群を縫って前との差を詰めにかかる。はね上がる芝の塊や砂塵を体に浴びながらも決して外には持ち出さず、終始ロスのないコース取りで徐々に好位へと進出する。その捌きと加速力の凄さを目撃した私は4角で“ひょっとしたら”との想いが浮かんだ。
先頭に立ったホクトビーナスと馬群から抜けてこれに迫るシャダイカグラとは直線半ばでも逆転不可能と思える差があった。にもかかわらずゴール寸前で測ったように抜け出したレースぶりはこの2頭の決定的な能力差を示していた。もし、出遅れがなければシャダイカグラは余裕綽々に好位を追走して楽勝していたろう。しかし、そういった正攻法で勝利を収めていたなら、この桜花賞は後世まで語り継がれるレースにはならなかったのではないか。完璧な手綱操作をした騎手と鞍上の意のままに動いた馬自身の強靭な精神力。このふたつが噛み合ったからこそ絶望的なアクシデントを乗り越えて勝利を掴み獲れたのであり、この人馬の示したパフォーマンスが常識を超えたものだったがゆえに見守るファンの記憶に深く刻まれたのではなかったか。
「シャダイカグラの桜花賞についてお聞きします。出遅れは大外枠を嫌った騎手の計算通りと先輩から聞きましたが、本当なのでしょうか。また、騎手がわざと出遅れるケースは結構あるんですか」
先週に引き続き岐阜県のKさんのご質問である。当時解説者として名を知られた人物も「外を回るロスを避けたかったのでわざと出遅れたのでしょう」と発言していたが、私自身はいまでも偶発的な出遅れと捉えている。ゲート内での駐立がスムーズではなかったのか、発馬の瞬間に乗り手の上体がバランスを崩して前に動いている点、直後に激しく首を押してGOサインを出している点からそう解釈できる。意図的な出遅れの場合はゲートをソッと出してジックリ構えるのが普通。気性が激しく抑えのきかない馬に対して騎手が時々見せる乗り方だが、この場合は発走してすぐには仕掛けず馬の気持ちを落ち着かせて折り合いを最優先するのが常識。以上のことから出遅れは意図的なものではなかったはずとKさんにメールで返事を差し上げたが、「乗り手にすれば出遅れた場合の対応策も十分に検討していたでしょうから、第三者が100%偶発と断言はできません。真実を知っているのはあくまで本人だけでしょう」とのひと言も付け加えておいた。 この桜花賞が終わってしばらくして、トレセンで武豊騎手と談笑していると周囲に数人の取材陣が集まってきた。こちらの取材は済んでいたのでその場を辞して歩き出したところ、「僕が意図的にやった(出遅れた)ものかどうかって質問ですね?う〜ん、それは皆さんのご想像にお任せしましょう」との声が耳に飛び込んできた。声の主の方を振り返ったところで視線が合い、その瞬間になんとなく笑みを交わした記憶があるのだが、なにせいまから20年も前の話。どこまでが現実だったか定かではない。当時は競馬記者ならいちいち聞きに行ったりせずに自分で判断すべきだろうと内心憤ったが、これはあくまで取材者に対して向けた気持ち。歴史的な舞台で主役を演じたプレイヤーがその場面について取材を受けた場合に、ただありのままに真実を告げるだけではなく、発言に含みを持たせることで見る側の夢を更に膨らませるような手法があっても愉しいなと思う。
競馬ブック編集局員 村上和巳