10年ほど前の話だが、グリーンチャンネルの仕事で東京に向かう新幹線の車内である人物と会った。私は前へ相手は後ろへと通路を移動している最中に視線が合った。見慣れた顔なので思わず「こんにちは」と声をかけたら相手はきょとんとしていた。それもそのはず、私と彼はまったくの初対面。なのになぜ挨拶をしたのかというと、そそっかしい私の一方的な勘違いが原因だった。すれ違った直後に相手が板東英二さん(野球評論家・タレント)だと気付いたが、ときすでに遅し。親しみやすく気取らないテレビ画面そのままの雰囲気の彼が当惑していたのも当然で大変失礼した。私がまだ現場にいた頃の出来事で当時は毎朝トレセンで「おはようございます」「おはよう」「ウッス」(相手によってこの３種類を使い分ける)と日に数十回は挨拶を交わしていた。まずはこのひと声から取材がスタートする生活が身に染みついていたからだと当時は言い訳したが、周囲からいかにいい加減な人間かとの誹りを免れなかった。たしかに自らの軽率さに呆れ果てた瞬間ではあった。

　先日行われた懇親会も似たような状況だった。十数年来の知人のような錯覚に陥る方もいたが、それはあくまで相手が著名だから。出席者名簿をポケットにしのばせて合い間、合い間に人物チェック。小誌に寄稿していただいているだけでなく、グリーンチャンネル等でお馴染みの合田直弘さんあたりには“初対面だぞ、初対面”と心中で呟きながらの名刺交換。40名ほどの来賓の方とほぼ無事に挨拶を済ませた。なぜ“ほぼ”がつくかというと、機会を逸してきちんと名刺交換できなかった方が若干名、二度名刺交換をしそうになった方が１名(これは相手の方の勘違い)いらっしゃったから。一度挨拶を済ませているのに記憶されず、後になって相手の方にもう一度名刺を出させてしまったあたりは今後に向けての反省材料。まあ、私自身の印象度の低さが問題といえばそれまでだが、型通りの挨拶で済ませず個々の方と記憶に残るような会話をすべきであり、それを判っていながらついついグラスにそそがれた酒の方に気が向いてしまう。なんというかこの性癖が常に問題なのだ。

　ネット全盛のこの時代。個人サイトやブログを立ち上げる方が増えており、人相風体は知らなくとも、書いている文章に目を通すとある程度は相手のイメージを築き上げられる。休日などにパソコンで知人のブログなどを探していると、時として驚くべき記事に出会うこともある。偶然目にして私が愛読するようになったもののひとつに『馬医者修行日記』(http://drhig.blogzine.jp/equine)がある。タイトル通り獣医さんのブログで“修行日記”と謙虚なタイトルをつけていらっしゃるが、その知識はもちろんのこと、独特の視点、秀でた文章力などに触れると管理者が相当なレベルの人物であることが判る。手術した部位のリアルな写真など刺激のキツい種類のものも時としてアップされているが、競走馬の疾病の種類とその治療法など一般ファンにはなかなか知る機会のないものがふんだんに紹介されている。競馬を生業にしている人間には必見のブログであり、小社の若手記者あたりにも極力目を通して知識を広げるようにと勧めている。

　私に対しても「ブログ読んでますよ」と声をかけてくれる優しい方もいらっしゃる。最初は“えっ、ブログって誰が？”と違和感があった。あくまで業務の延長として書き始めたものなので個人の原稿という意識はない。しかし、半年、一年と書き続けていくうちに諸先輩の基本形を無視して自分の好き勝手なスタイルに変えてしまっていた。とくに深い意味はない。長く書き続けるには自分にとって楽な方式がいいということになっただけなのだが、前述の馬医者修行日記などを拝見しているとこの好き勝手原稿が少々恥ずかしくなる。しかし、まあ、それはそれ。身の丈に合った文章を書くしかないと考えて最近はあれこれ悩まないようにしている。
　
　 週刊競馬ブックでお馴染みの芦谷有香さんが新ブログをスタートさせたので最後に紹介しよう。 タイトルは『QUE SERA SERA』（http://www.onthewing.way-nifty.com）で、現在はカンボジア旅行記のような形になっているが、今後どんな方向に進むのか興味深い。芦谷ファンの方には是非一度覗いてみることをお勧めしたい。ちなみにタイトル名は本人曰く「なんとかなんねん」。我々より少し上の世代だと1956年にヒットした映画『知りすぎていた男』でドリス・デイが歌っていた曲が浮かぶことだろう。この曲の英語の歌詞に“Whatever Will Be，Will Be”(なるようになるさ)があって、そのスペイン語版というのが一般的な解釈だが、リアルタイムでこの映画を記憶しているはずのない彼女がなぜこのタイトルをつけたのかちょっぴり気になる。

競馬ブック編集局員　村上和巳

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